わがままになったり、頑固になるのは、年をとったからではない。
そう、身体がいうこと聞かないのよ。
分かってる。
そりゃそうだ。
もう、81歳だとか言ってたもの。
何がなんでも、私らと仕事をするには無理があるってことよね。
そう、我がままになるのは、おっちゃんや、おばちゃんが悪いのではない。
年をとって、身体がついていかなくなったってことだ。
今年は、成育が早く、いつもより3週間ほど早く6月中旬からはじまった山椒採りも、やっと見通しが立とうとしている。
収穫量は、昨年のことを思えば少ない。
アルバイト人員を募集し、新たに二人ほど追加したが、仕事の進行スピードでいえば、ノロノロ運転といったところだ。
長くアルバイトに来てくださっている、アルバイトさんのご年齢が上がったということもあるだろう。
一日に採れる収穫量も、最盛期に比べると落ちた。
アルバイトさんのなかには、義父が山椒の栽培を担っていた頃もふくめ、10年、20年近く長く来てくださってる方もいる。
長くうちの山椒採りに尽力して下さったことには、感謝している。
だけども、お年を召した方が、若い方と同じ傾斜のキツイところで仕事をするには、無理があるし危ない。
それに、最近の夏の暑さは、尋常ではない。
だから、傾斜が少しでも緩いところで採ってもらったり、時には少しでも涼しいところへと、差し向ける気遣いをしてきたつもりだ。
脚立を持っての移動は、体力を使うので、極力余計な体力を使わないように、畑の形状に合わせて、仕事の予定を組んできた。
十数人、時には20人近くの人と「目標」を一致させないと、仕事は進まないから、その都度、皆に予定を通達することは忘れない。
大抵の方は、私の言うがままに、仕事を進めてくださるが、昨年、一昨年くらいから、年齢でいうと上層部の方たちが、思い思いの行動をおこすようになった。
その場では、「ハイハイ」と返事をしていても、次の瞬間には違う場所で作業をしていたり、自分ひとりで、皆ととんでもなく離れた涼しい場所へ移動していたり、目を離したすきに、木陰で休んでいたり。
ちなみに、休憩時間は暑い中での作業ということも考慮して、一時間に一回10分の休憩を設け、加えてお昼休み前も、一日の終業時間も20分は早く切り上げている。
これだけ、至れり尽くせりの農家は、そうないと思う。
傾斜のきつい畑の山際は涼しくその場を離れたくないのが、誰でも思うところだ。
山際から畑の入り口に向かって、上二段を作業にかかって下さいね。と、横長の農地を塗りつぶしていた時のこと。
他のアルバイトさんは、私の言う通り、横に横に畑の入り口に向かいながら作業をしているなか、山際でとどまり、下へ下へ移動している人たち。
おばちゃん、それ以上、下へは移動しやんと、横へ移動して。
わかった。わかった。この段だけしとくわ。
おばちゃん、一回上にあがってきて。
(今のうちに上がってきたら、まだ移動もラクやで)
アカンアカン。この段まで仕上げやな。
数時間ごとに様子を見に行く私と押し問答の末、ズンズンと山際の下へ下へと移動していき、ついには「いったん上がってくる」という約束を破り、「次、どこを作業していいんやろか」「そのまま横へ入ったらええんちゃうか」と、自分の都合のよい場所へ行こうとする人たち。
そりゃそうだな。傾斜のキツイ畑で、もとの場所まであがってくるとなると、かなりの体力消耗&面倒だ。(だけど、その場所では集荷できない。山椒の入ったコンテナをかついで上がってくる?一歩間違えれば、軽トラが転げ落ちそうな道の悪いところで、その荷だけを集荷しにはいけない。)
いくらもの忘れが気になるお年頃と言えども、さっき約束したところやんか!
それに、5人のうち、誰ひとり、私の言うことを聞こうともしない。
離れたところで作業をしていた私に、パワフルおばちゃん達の会話が耳に入ってきたとき、私の中で何かがブチ切れた。
チョットォ!いい加減に、いったん上がってきて!
私は私の考えがあるんやから、言うこと聞いて!
皆とバラバラの行動して、どうするん?!
いつまでもブチブチ言ってるおばちゃんに、思わず言ってしまった。
だから、移動しやすいように、こっちは考えてるやろ!
作業するのは、上二段だけやって、最初に言うたやん!
五人組はおそらく溢れんばかりの力を振り絞りながら、仕方なく脚立を持って上がってきた。
少ししょげながら私の目の前を通って行く男性陣と、フンッとばかりに通って行くおばちゃん達。
近くに居た若いアルバイトさんが、茶化すように「奥さん、怒ってはりますよ」と声をかける。
すぐに感情的になるのは、アカンって分かってるのに・・・。
それほど恥ずかしい事がないのは、分かってるのに・・・。
私の短所が際立って、少し後悔したけど、もう限界かなと感じた。
今回だけは、私がここまで感情的になるということは、年齢が上層部の方たちと、共に仕事をするのは無理があるところに理由があるのだと思った。
そう、おじさん、おばさん達が年をとったのだ。
昨年からそのようなニュアンスを含んだ会話をしていたにもかかわらず、「アルバイトの手がないから」と、5人組に連絡をとりつけたり、あちらからの連絡に対して承諾した夫に対して感じていた悪い予感は当たった。
だけど、そのいきさつを話すと、やっとのことで決断してくれた。
そう、現場に居ない夫は、リアルにそのことを感じにくい。
来年からは、新しい風を吹き込む予定だ。
私が山椒採りを担うことになったときもそうだった。
元気な人は、我がままひとつ言わず、こちらの意思に沿って下さるが、体力のない人は、私の意思に逆らおうとする。
75歳前後がヒトツの区切りだが、大抵の人は後者の方で、ご年齢からしても若い人たちと、同じ日給をもらいながら仕事をするのは無理。
だから、私は75歳前後で、『シルバー団体』の旗を掲げて、日給を下げる代わりに、足場の良いところを作業をしながら、バスツアーのガイドさんのように皆に案内しながら回る。
それを義母にやってほしかった。
当時義父自身は山椒採りをすることは少なく、ヨソの団体に山椒採りを託していたが、仕事が進まないことに見切りをつけ、私が山椒採りに投入されたが、その場に居た義母と私はぶつかった。
私が義母と畑で一緒に仕事をするのは、実に久しぶりだったが、団体の人たちの顔色を伺ってばかりいるのは、義父と同じだった。
若い人たちは、私の意思を尊重して下さったけど、年齢が上層部の方たちはワガママを言い出す。
同年代の人を含め、他の人は、決められた場所で作業をしているのに、「自分だけ違うところで作業をしたい」と言わんばかりの態度をとってくる人もいた。
義母はその人の意思のまま、作業ができるように仕向けると同時に、自分も行動を共にしようとしていた。
そうなると、今回のように統率がとれないことが起こってくる。
作業もはかどらない。
言葉に出さずとも、不満を感じる人もでてくる。
当時、その場で義母に、私の意思を伝えたがぶつかる形となり、夫に経緯が伝わることとなった。
「もう、ワシは畑に行かんでいいんやな」
が、さいごに畑で残した義母の言葉。
私なら、年齢が上層部の同世代の人たちを連れて、別の場所で仕事をするようにするかなと思ったが、義母にはそこまでの気力と心意気はなかったのだろう。
最後に残した言葉から、そう読み取った私は、義母に頼むこともなかった。
義母の人生だから、そうすればいい。
義母は当時80歳。
その時を境に、自分の思うまま働けないことに不満を感じた、年齢が上層部の方たちは皆辞めた。
それが、75歳前後の人たちばかりだった。
ただ、同世代の割にはパワフルだった、今回の5人組の方たちだけは残って下さり、今に至る。
だけど、そのおっちゃんや、おばちゃん達も、とうとう限界がきたようだ。
そう、おっちゃんやおばちゃん達が悪いのではない。
年をとって身体がついていかなくなったのだ。
あのときの、義母とおなじ。
52歳の私でさえ、若い頃とはちがうと感じるのだから、当たり前。
だけど、働き手がないからといって、いつまでも、おっちゃん達に甘えているわけもいかない。
長いこと、うちの山椒採りに尽力いただき、ありがとうございました。
新しいアルバイトさんが見つかるかどうか分からないけど、とりあえず、新しい風を吹き込むために、ひとつ決断をし、新たな一歩を進みます。