今こそ語るSRサイタマノラッパー、映画監督入江悠、そして自分の夢!映画「室町無頼」公開記念!
はい、こんにちは
絶対映画監督主義の映像クリエイター
リドリー山下です
今回は
映画室町無頼公開記念っと勝手に題しまして
入江悠監督のSRサイタマノラッパーが
自分自身にもたらした感情そのもの
そして自分の夢について
独断と偏見で書いていきたいと思います!
それではレッツ、ゴー!
事実関係の正確性よりも、間違っていても書きたい感情を優先して
書いておりますのでご了承ください
映画「室町無頼」に関しては別記事で書く予定ですので、とりあえず結論としては今すぐ見て!!
小説版の室町無頼については
入江監督の過去作についてはこちら
映画「SRサイタマノラッパー」
入江悠監督
日大芸術学部映画学科出身
入江監督は大学在学中からインディーズ映画では賞をもらいつつ
卒業して映像関係の仕事をしている中で…
おそらく監督自身は悶々とした日々を過ごしていたのかなと勝手に
邪推しております
そして、入江監督を語るうえで絶対に外せないのが…
映画「SRサイタマノラッパー」2009年公開の自主映画
制作費確か200万円ほどで
映画を撮れなくなるかもしれない恐怖心
これから自分自身が人生を歩んでいくうえで鬱屈した青春時代のすべてを
捧げて入江監督が29歳で作り上げた傑作映画でした
シネマロサで公開されて
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭では
たしか審査員鶴田法男監督から絶賛されグランプリを受賞
(この辺りの時系列の正確さは置いておきますw)
映画祭ではとにかく話題をかっさらっていたようですね
その話題性と共に口コミで評価が広がり続け…
ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル
シネマハスラーで取り上げられて火が付き
一躍、時の人に躍り出て
インディーズ映画界隈を座巻しました
自分はその時20代差し掛かったばかりで
映画デビューはしたいしもっといい映画も作りたいけど
その実力もなくTSUTAYAとゲオと映画館を行き来して
映画を見続け、もとい消費し続け…
大学では芸術や映画とは全く関係の無い工学部の学業をほぼ全無視して
ひたすら自主映画を撮り続ける毎日でした
今考えると
人生が輝いている青春の一ページのようにも思えますが
当時は…
入江監督のサイタマノラッパーの出来は置いておいて
その半ば社会現象となった出来事そのものに
渇望の眼差しでその現象と活躍を追っかけておりました
SRサイタマノラッパーの話題を目にする度に
追っかけていく度に
入江監督の輝かしい功績に心臓を撃ち抜かれてしまい
余りにも自分にとって欲しいものを手に入れているように見えた
入江監督の作品力に圧倒されていました
そして自分は…
映画館に行ける勇気もなくこの映画は、のちにDVD化されその買ったDVDで見たのですが
DVDで見たときの自分の脳内の「質感」は今でも忘れぬ衝撃でした
しばらくこの作品は自分は見ることはできないだろうと思いました
なぜなら
本当に見ていて気持ち悪くなったから
吐き気を催すほどの現実と青春のそのギャップが描かれていることに
膝と脳が震えてしまったのです
なんなら
今の自分の境遇を見透かされていてしかも共感ではなく代弁しつつ
その代弁そのものが寄り添う形でもなく全ての心の装飾を取り払い真っ裸にされて白日の下に、こんなもんです、っとさらされてしまった気持ちになった
自分の映画監督になりたいという夢と劇中のラッパーを目指すIKKUのどうしようもない切迫感が重なりそれを見事に描き切っていることに
打ち震えました
これがSRサイタマノラッパーかと
自分はスコセッシのタクシードライバーとキューブリックの時計仕掛けのオレンジ、500日のサマーを習慣的に常習的にそして中毒的に
毎夜家で見るほどに病んでいる人間でした
そんな自分が
サイタマノラッパーという
どうしようもない青春とどうしようもない夢にぶつかって
現実に重くのしかかる自分自身のカルマそのものを何もない深谷という場所でもがき苦しむ登場人物たちの暗澹たる気持ちに重ね合わせてしまったのである
そして、映画監督になれていない自分という存在において
入江監督はドンドンと活躍していっているというギャップ自体を考えたときに
あっ本気で自分は何ににもなれないのかもしれない
っと自我が膨らんでしまったのである
その自我自体が
もうこの映画はしばらく見られない
という気持ちにさせられてしまったのだった
今もその自我は震えている自分自身を常に蝕んでいるように思うのだ
蝕み続ける自分自身と夢と現実に耐えながらも
それでも諦めずに好きな気持ちだけを頼りに生きていくということを
日々の暮らしそのものの一日一日過ぎ去る事象の中で
入江監督の状況そのものを思ったときにリアルな質感となって
自分に突き刺さり重くのしかかるのだ
入江監督の追っかけ
とはいえ
そんな自分自身と重なってしまった監督というのを追っかけないわけにも行かず
その後の活躍していく作品はちょくちょく観ておりました
タマフルザムービー暗黒街の黒い霧
wowowドラマ「同期」
神聖かまってちゃん
などなど
自主映画から商業へとグラデーションのように一歩一歩作品を作っていく
入江監督の活躍を見る度に自分の人生と比べていかに何もしていないかを
突きつけられているのだった
しかし、そうこうしているうちにいつの間にか
入江監督の活躍を追っかけなくなった
映画専門学校に入学して卒業して
映画の現場に出たり、VFX制作会社マリンポストにいたりしたときに
自分の自主映画を作り始めたぐらいの時だったかと思う
そして
その自主映画はこんな感じになった↓
つまり結局
そういった
他者と自分を比べて自分自身の活躍を顧みるときは
自分自身の人生に対して時間を割けていないのがあるのかもしれない
何より
暇なのだ
やっていない
充実していないからこその
脳内一人勝手な自己逃避からの非難もとい批難をしているのである
映画の専門学校を卒業して
内気でシャイで行動力の無い自分が
仲間を集めてなぜか作れてしまった映画
「U.M.B.F.」だったが
結果的に自分の中では
作ったはいいが次に繋がらない経験をした映画になったのである
それ以来、コレが自分の自主映画なんだと
胸を張って言えるようなまとまった映画はまだ作れていない
ひとえに怠慢かもしれない
しかし人生は螺旋階段のように進んで行き
映画監督として今は食べていけなくとも
少なくとも映像で飯を食べたいというコトは達成できていたのである
大学を卒業して映像とは無関係なエンジニア職に就き
映画の夢が諦めきれず仕事であまりにも気分が死んでいる自分自身を見かね親が専門学校に入学させてくれていたのである
その後に自分なりの映像制作の道と映画監督への道を進んで行きたいという気持ちを持って仕事をしていたら
いつの間にかそうなっていたのだ
夢や目標というのはいつの間にかそうなっているものなのかもしれない
とも思う
奇しくも
結局、人生とは自分の考えていくように進んでいくものである
映像クリエイターの自分がいつの日か
サイタマノラッパー以上に話題作になるような
映画を作れると信じて………
室町無頼における入江悠
そしてここ最近
自分は入江監督作品からは離れていた
しかし
ここに来て
自分も作ってみたい時代劇アクションエンターテイメントというジャンル
そして大作
それを叶えている入江悠という存在がまたも
自分の人生に浮上してきてしまったのだ
またとはいえ自分が映像業界で働いているときに
片隅から入江監督の仕事ぶりを目にすることが多かった
離れていたにもかかわらず
奇妙なことに見せられているような気もしていたのだ
それと
頭の片隅に常に入江悠という存在がどこかこびりついて離れない
事象としてずっとあったのである
それをコンプレックスと言われればそうかもしれない
これは自分が勝手に感じている本当に全く勝手なものなので
自分自身の自我そのものの強さに辟易してしまうほどである
入江悠監督はこれからも自分の人生の中で切っても切り離せない
存在になっていくだろうと思うのだ
そして
自分はこれからもこの先も映画監督として映画を作ることが
目標でありそして夢であり
未来に成し遂げる事実としてありたいと心の底から思っている
その先には
映画を作りたい人が作りたい環境として理想を実現できるような
そんなコトができたら良いなと本気で思っている