『物語の欠片』のカケラの裏話③
現在、橘鶫さんの大長編『物語の欠片』の最新篇『朱鷺色の黎明篇』でキャラクター数名のイメージ画を挿絵として掲載していただいており、私のほうではその絵の制作に関するお話を小分けにしてお届けしております。
今回も新たに登場した二人に関して書いていきたいと思います。
作品のほうは鶫さんの物語のリンクを載せますので、そちらの記事のほうでご覧ください。お話の最後に全体像を載せてくださっています。
パキラ
まずはポハク族族長、パキラです。
実はもともとパキラは描く予定ではありませんでした。
ネリネのところでもお話ししましたように、どのキャラクターを描こうか計画を立てたとき、物語に登場するすべての種族から少なくとも一人は描きたいと思いました。
ポハク族からはパキラの息子のイベリスのほうが描きたかったのですが、マカニ族からもアヒ族からも闇の浄化の際の化身だったレンとネリネを描いているのに、ワイ族からは族長のエリカ。
バランスが悪いので、イベリスよりもパキラを優先することにしました。
パキラもエリカと同様、腹の中は見えないやり手の族長のイメージ。
彼の言動からして、皮肉っぽい笑みを浮かべたオジサマを描いておけば、まずイメージを外すことはないだろう。ポハクの人は金髪に褐色の肌という情報は鶫さんのほうで公開済みだし、それに従っていれば、きっと大丈夫。
そんなぽやっとした自信があったのですが。
しかし一枚目のパキラをお見せしたときの鶫さんのお返事は
「色も砂漠のイメージで合ってるし、髪型も長髪ストレートでばっちりなんですが…パキラに、髭…?」
なんと、私の頭の中では族長クラスの男性たちは軒並み髭を蓄えていたのですが、鶫さんによると、物語の中で髭のあるのは現上皇と族長でもアヒのアキレアくらい、ということです。
これは…純粋に困りました。
パキラは今の物語の時点で五十代。
五十代って、すごく微妙です。決して若くはないんだけど、年寄りでもない。
髭で貫禄を出しておけば、変にシワを入れなくてもすむか、という思いもあり描き込んだ口髭だったのですが。
しかも髭がなくなると、あの嫌味な笑った口元がいやらしさ以外の何物でもない…。
結局、ムスッとちょっと不機嫌そうな切れ長の目のパキラが仕上がりました。
描き直した絵は鶫さんにも「パキラ、これです!」と合格をいただきました。
一枚目はまだ捨てていませんが…二度と見たくない感じです。
自分の描いた二枚目のパキラ(二枚目のパキラ…笑)が私の中でもパキラとして固定され、最初の一枚は今では全然別のオッサンに見えます。
ちなみにパキラを描いているときの鶫さんとのやり取りで発覚した事実。
いつも陽気で太陽のようなイベリス、私の中では金髪のドレッドヘアのポニーテールだったのですが…鶫さんによると「ドレッドにしてしまうほどのチャラ男ではない」のだそうです(ドレッドヘアでも真面目な方もいれば誠実な方もいます…これはあくまで「一般的にありがちな印象」の話しをしていた、と捉えていただければ幸いです。)
当初の計画通りイベリスを描いていたとしても、きっと描き直しでしたね。
エンジュ
そして次に登場したのがマカニ族族長、エンジュです。
物語の愛読者の方で、鶫さんが私の絵が物語に登場するというお知らせをした記事をしっかり覚えている方がいらっしゃったら、あれ?と思われたのではないでしょうか。
そう、あの時点ではお渡ししてあった絵は七点で、エンジュは含まれていませんでした。
それがなぜここに登場したのか。
実はエンジュはもともとすごく描いてみたい存在でした。
でも、諦めていたんです。
若くして族長となり、皆からの信頼も厚く、感情の波がほとんどなさそうな人物。しかし彼はとても複雑な内面を持ち、物語の中のほとんど誰も彼の内側に踏み込めていない。
私のような薄っぺらい人間にはとうてい描くことはできないだろう、そんな諦めでした。
しかも私、どうも鶫さんの設定した外見とはかけ離れた人物を思い描いていたようなのです。
それが明らかになったのは、やはりパキラを描いたときに「族長で髭のあるのはアヒのアキレアくらい」と教えていただいた時。
それまでの私の中のエンジュは山村の族長の代名詞のような、ガタイが良くてもうもうとした黒髪と髭を蓄えた人物でした。そしてパキラ同様、今の物語の時点で五十代で、髭なしでは描きにくい年齢層。
そのイメージのずれも諦めの要因の一つで、夏に他の絵を仕上げたときには「エンジュは今後の課題」と思っていたのです。
ところが9月、鶫さんの物語の挿絵として登場した自分のスグリのイメージ画を見て「もともと描きたかったエンジュを描いていない」というのは何とも心残りである、という思いが頭から離れなくなってしまいました。
そして突如、描きはじめたわけです。頼まれもしないのに。
頭の中のエンジュのイメージも修正したばかりであやふやだというのに。
エンジュでもともと描きたかった構図は、湖の底にポツネンとたたずみ水面を見上げた姿。
これはカリンが夢の中で見たり、レンがエンジュの瞳の深さを形容したときに出来上がったイメージです。
ただ、これを描こうとすると紙の大きさ、最小でA2くらいは要るな、と。
諦めました。
次に思い浮かんだのはエンジュが鴉を手に留まらせていて、彼自身の黒い翼も画面に入るくらいに引いたアングル。
これは実際に描きあげたのですが、仕上がって即、ゴミ箱行きに。
理由は、顔がかっちり決まりすぎてしまったから。
鶫さんの今回のご依頼は「イメージ画」。私としても読者の皆さんの中のキャラクターの外見を固定しすぎてしまうものは描きたくないと、常に気をつけながら制作していました。
そして今回挿絵として載せていただいたのが、最終的に仕上がったエンジュです。
湖の底という最初のアイデアも、鴉と一緒という次のアイデアも捨てずに余計なものをそぎ落とした形となりました。
実はこの絵を鶫さんにお送りする前に、悩んだのです。「お見せするべき?もうご依頼の絵は一段落ついてるんだし、余計なことして!って思われるんじゃ…?」と。
どうすべきか分からなかった私が何をしたかと言いますと…とりあえず墨をすって竹をスパーンスパーンと五枚くらい描いておりました。
で、やっと腹は決まった!と鶫さんにお送りしました。
結果、鶫さんにも「まさに私の中のエンジュ」と言っていただき、なんと現在、鶫さんの携帯のホーム画面に使っていただいているんだとか…?これは嬉しすぎます。
ちなみにエンジュを描いた紙なのですが、この一枚だけは他の絵と違って、Hahnemühleのmixed media用のBambooではなく、同じくHahnemühleの水彩用のBritanniaを使っています。
理由は特にないのですが、結果的に全体がさらっとした淡い色合いに仕上がり、彼が他者には見せない儚さのようなものが表現できたかなと思っています。
以上、『物語の欠片』のカケラの裏話、第三弾でした。
残る絵もあと二点。裏話も次回が最終回となります。
ご依頼をいただいた経緯や画材のお話はこちら↓