浦島、海で客人を釣る/ウミネコ童話『はやて』挿絵制作の諸々覚え書き
こちらの客人は、言わずと知れたイルカアイコンのこの御方。
昨年10月末に発表されたgeekさんがウミネコ文庫・童話集に寄稿された『はやて』の挿絵に立候補したお話は2023年の振り返り記事でお知らせしましたが、先日1月1日に『はやて』が挿絵付きで再発表されました。
本記事では「描かせてください!」と手を挙げたところから最後の一枚を描き終わるまでの過程を順を追ってご紹介していきたいと思いますが、書き記しておきたいことがあまりにも多いため支離滅裂な雑記で終わらないことを祈るばかりです。何とも心許ないですが、お付き合いいただける方がいらっしゃれば幸いです。
なお、挿絵自体はこちらでも掲載いたしますが、皆様にぜひ『はやて』本文と一緒にご覧いただきたいので、まだ『はやて』をお読みでない方も、既に挿絵なしで『はやて』を堪能された方も、ぜひとも上記のgeekさんの御記事で挿絵と共にお楽しみいただけたらと思います。
浦島、『はやて』に興奮する
冊子uminekoを発行されているぼんラジ編集長から「ウミネコ文庫を出版予定、第一弾は童話集」のご企画が発表されたのは昨年9月17日。
9月15日に日本からチェコへ戻ったばかりだった私は時差ボケ真っ只中だったはずなのですが、「わ、楽しそう!挿絵描かせてもらいたい!」とウキウキ目が覚めるような気持ちになったのを覚えています(時差ボケ調整を助けていただいたのかもしれません)。
先に童話の募集が行われ、随時挿絵を描くクリエイターさんが決定していく流れだったのですが、最初のお知らせを読んだ時の興奮はどこへやら(何やってたんだって自分の小説を書く方に頭が占領されていたのです汗)フォローしているnoterさんの出品作品を読むのに精一杯(そして大抵チェックしてみると挿絵の方は既に決まっていた)、出会いを求めてウミネコ文庫に応募された作品を積極的に読みに行くこともないまま童話の募集は終了し、「ああ、今回は参加しないのかな私」なんて思っていたのです。
ところが10月末、童話の追加募集が始まり、登場したのです、geekさんの『はやて』が。
まず、見出しに何の画像も使っていないのがいいなと思いました。先入観なしに読める、と。
で、さっそく読み始めたのですが、ワタクシ大興奮でした。特に「鬼か天狗か」というフレーズで、はやてがこっちに向かって突進してくるのが見えたのです。
こ、これは挿絵描かせてもらわな…!と、震える手で「描かせてください」とコメントを残したのですが、いやもう挿絵の人は決まってるかもしれんし、ああでも描きたい……とお返事をいただけるまでソワソワ。
結果ご快諾いただけたのですが、この時点では「geekさん、『お主、目的は何じゃ?』って刀の柄に手を掛けてる状態かもな」なんて思っていました……冗談です、普段書かれる文章や音声配信のお声から、まさにイルカアイコンそのものの落ち着きのあるお人柄という印象で、浦島相手に刀を抜かれるようなお方だなんて微塵も思っちゃいませんでした。笑
しかしですよ、私に描かせるとなったら、この記事の冒頭の漫画のような浦島やコーヒー豆氏かもしれず、日本昔話っぽいから水墨画で行きますって言うかもしれず。「得体の知れない七面相絵師、その名はKaoRu」って身構えてしまってもおかしくはなかったかと。
でも、私が描きたいのは最初から決まっていました。水彩画で『はやて』を描きたい、と。それから、もちろんウミネコ文庫の中ではモノクロになってしまうことは分かっていましたが、せめて原画は色をふんだんに使って仕上げたい、とも思いました。
そうして始まった二万字の旅
ですから『はやて』挿絵制作に向けてのメールのやり取りの最初の時点で「水彩で描きたいのですがよろしいですか」とご相談しました。そして快く私の作風での水彩画で良い、とご承諾くださったのですが、geekさんがお話を書いた時点でイメージしていた絵というのもあり、お二人ほど巨匠の名前を挙げてくださったのですが……誰なのかは秘密です笑。書いたら最後、「うっひゃ、アンタの絵、全然違うっしょ!」と突っ込みいただくこと間違いなしなので。
それからご相談させていただいたのは挿絵の枚数と描く場面。
『はやて』は4000字ほどの作品で、そのくらいの字数の作品はウミネコ文庫のほうで挿絵は2~3枚、と指定があったので「それならぜひ三枚描きたい」と欲張りました。
欲張ったものの、私が絶対描きたい!と思っていたのは「鬼か天狗か」のはやて。
後の二枚はそのはやてが冬の道のりを帰ってくる前後にするとして、具体的にはgeekさんが欲しいと思われる場面で良いのではないかと思いました。
一枚目は初夏の場面で、「例えば梅のみはどうか」というアイデアをいただいたので、「確かにはやてが主人公だからと言ってすべての絵にはやてが描かれている必要はない」と思い、次のようなアイデアスケッチをお送りしました。
とにかく頭の中に浮かんだものを見える形にすることを目的に一枚三分くらいであまり考えずに描いているので、お話の中では「小さい梅」と書かれているにもかかわらず、何だかすごくでかい梅……汗
この二枚のアイデアのうち、「薬問屋の品定め」が良いのではないか、とお返事をいただきました。
二枚目の挿絵、私が「絶対描きたい」と思った必死に走って帰って来るはやて。そのラフスケッチはこんな感じでした。
私が最初に拝読した時に頭に浮かんだ映像では右の「真正面から走ってくるはやて」だったのですが、これではなびいたまま凍った髪をどう表現したらいいのか、と思い、もう一枚横からも試してみました。
geekさんからも「村人視点なので、真正面ではないでしょうね」とコメントをいただいたので、本描きでは横顔を少し斜め前から見ているような角度になりました。
挿絵の三枚目は、geekさんご自身は「寄合の場面かな」と思われていたそうなのですが、「はやては去ったけど村と歌は残った」を表現できるようなイメージ画にしてはどうかと提案したところ同意していただけましたので、このようなアイデアスケッチをお送りしました。
この三枚目の挿絵は本描きの際、少々迷走したのですが、それは後述したいと思います。
……ここまで読まれて、「KaoRuのヤツ、geekさんに何でもかんでも自分の意向を押し付けてないか?」と思われた方、いらっしゃいます?
水彩で描きたいと言えば承諾いただき、画風も自分を押し通し、描きたい場面もかなりわがままを言っている。
私自身も「こんなに『私はこうしたいんです』に首を縦に振ってもらって良いものだろうか」という思いがあったのですが、描く場面と構図が決まったくらいの時点で、このような御記事を書いていただきました。
……あのっ、逆なんですけどっ……?
受け止めていただいたのは、こちらのほうでして。
そうこうしているうちに、11月も下旬に差し掛かった頃でしたか、geekさんから「このメールのやり取り、既に二万字近くあります」とお知らせいただきまして。メール以外にも『はやて』の作品背景を説明していただくのにnote下書き記事を共有する形で長文を書いていただいていていて、geekさんの書かれる日本語のファンとしては「何たる役得!」と嬉しいやら後ろめたいやら。
何にしてもここまで絵の方向性が固まったのなら何を待つことがあろうか、と思い、その11月末に挿絵の本描きに取り掛かることにしました。
画材について
ここで今回の挿絵に使った画材についてもご紹介しておきたいと思います。
紙は橘鶫さんとのコラボが始まった頃にご紹介しました私のイチオシ、HahnemühleのBambooです。
絵の具もやはり鶫さんとのコラボで使っている固形水彩で、ブランドもSchminckeなのですが、実は『はやて』を描き始める前にもう一セット、買いました。
えっと、絵の具の個体が大きくなっただけで、色数も同じ?
ブランドも色数も同じなんですが……実はもっと大きな違いがあるのです。
古い方はSchnimckeの水彩絵の具Akademieというシリーズで、まさにその名にふさわしく、学生時代に買ってずっと使い続けています。商品説明にも「学生さんにも使いやすい」なんて書いてあります。学生向けとは言え、お値段はそれなりにします。それでも固形水彩って一度買うと何年も使えるし、よく使う色だけ買い足していけばいいので、投資する意味はあると思います。
最近になって、同じSchminckeのHoradamというシリーズが気になりだしました。お値段はAkademieのほぼ倍。別に「学生向けなんて使ってられるかョ」と見栄を張ったわけじゃないんですよ。ただ、気になるじゃないですか、お気に入りのブランドで「プロ仕様」って更にすごいぞって顔した商品があると。
で、奮発して買っちゃったわけです、Horadam。しかも持ってるAkademieより大きいサイズで。
それで使ってみて、どうなの?
……いや、すごい。Akademieと全然違う。
色のノリが違うんですわ、これ。
「Akademieは学生さんにも使いやすい」じゃなくて「学生さんでも手が届きやすい」ってことだったんじゃないかと思っちゃうくらい。
ちなみにHoradamで最初に描いたのがこちらの挿絵。
投稿日は前後していますが、次に描いたのがこれ。
七つ道具に新たなメンバーが加わって、準備万端。『はやて』の本描きに取り掛かりました。
本描きの流れ
「描きたい!」という衝撃があったのは二枚目の「必死に走って戻ってきたはやて」だったのですが、やはりお話の順序通り描き進めていこうと、まず一枚目の「薬問屋での梅の実の品定め」から取り掛かりました。
ふふふ、この一枚目でワタクシ、geekさんからダメ出しをいただいたのですよ。
前述のラフスケッチでも描かれていたのですが、梅についている「果梗と葉」。これが梅の梅らしさを殺しているとのこと。
う~ん、確かに。
そして冷静に見ると、手も「いかにもKaoRuが自分の好みで描きました」って感じの、はんなりしたもので、「薬問屋」よりも「買い付けに来ていた女薬師(カリン?笑)」の印象。
そこでせっかくもう一回描くなら、と梅だけでなく手と着物にも変化をつけてみました。手はゴツ目に、着物には糊を利かせて町人らしさが出てくれればいいなあ、と。
この挿絵一枚目のボツ作と採用作の間に描いたのが挿絵二枚目。
私がいちばん描きたかった絵、この絵を描くために『はやて』挿絵に立候補したと言っても過言ではない、「冬の道をまちから村へ烏梅を抱えて走ってくるはやて」。
ラフスケッチにも見られるように、私が拝読した時の印象は「とにかく必死すぎて苦しい表情さえも作れない、放心した顔でひたすら走る」はやてでした。
しかしgeekさんからいただいた作品背景を読んで、はやては「これ以上ないほど苦しく理不尽な思いを抱えて体力の限界で走っていた」ということを表情で表現すべきなのか、と迷いが生じてご相談させていただきましたが、結果、私の想像した「放心状態でひたすら走るはやて」に同意していただきました(またしても……)。
描きたくてしょうがなかった「必死に走るはやて」を描き終えて力が抜けたのか、気合いが四分の一くらいになった状態で三枚目の「はやては去ったが村と歌は残った」をアイデアスケッチの構図を清書するような形で描いたのですが、こちらはgeekさんから「なんか違うんだけど、改善策が提案できない」というお返事をいただき(いや、もっと深く丁寧に書いてくださったお返事だったんですよ、ただ一文にまとめてしまうとこんな内容でした笑)、少し考えました。
私が出した結論は、「情報量が多すぎる」。
そこで最初の案から「はやては去った」だけを表現することにしました。
そうして仕上がったのがこちらです。
私が絵を描いていく過程で、geekさんは何度か「はやてに出会い直した」とおっしゃっていて、当初は「違うものを描いちゃったかしら」と心配にもなったのですが、そうではなく、読者一人一人の中にそれぞれのはやて像があり、そのすべてが正しいはやて像であり、その中の一つ、今回は私の中のはやてが体現化され、作者であるgeekさんはそれに出会った、ということなのだろうなと思います。
二枚目の挿絵は私がどうしても描きたかったはやてで、随分と具体的ではありますが、三枚ともお話を読む方それぞれの想像の余地を残せるよう努めて仕上げました。
終わりに
……案の定、案の定、長くなりましたっ!
『はやて』より千字以上長いです!
失礼いたしました、自分がここまで簡潔にまとめるのが下手くそな人間だったとは。
そのくらい熱を入れて取り組んだ挿絵制作だったとご理解いただければ幸いです。
最後に、このような貴重な機会をご提供くださった編集長、『はやて』を生み出してくださったgeekさん、そして挿絵付き『はやて』にコメントを寄せてくださった皆様に厚く御礼申し上げます。
【2024年2月23日追記】
こちらも合わせてお読みいただくと更に面白い世界が広がるかと思います。