なぜ人を殺してはいけないのか①
“なぜ人を殺してはいけないのか“
よくある問いですね。
僕は今のところ、3段階の答えを用意できています。
まだ不十分な気はするのですが……ちょっと書いてみます。
段階1
「自分が殺されないために」
人を殺しても良いとなると、自分も殺されうることを受け入れなければなりません。
また、自分の大切な人のことも、殺されうる存在として受け入れなければなりません。
僕には両方とも考えがたいです。
得られるものと失うものを考えた時、
どう考えてもバランスが取れない。
僕はこの段階1で、じゅうぶん納得できます。
では、段階2へ行きます。
つまりは「自分が殺されうることを受け入れられる。段階1では納得できない」という人に向けての答えです。
段階2
「国(人の集まり)として認められないから」
人を殺してもよいA国と
人を殺してはいけないB国があったら
より発展するのはどちらでしょうね?
A国で暮らすなら、安全・安心を得るためのコストがかなりかかることになります。
日本だって完璧に安全な国ではないですが、安全・安心を得るためのコストはかなり低いと思います。
この“差“は、見逃せないレベルのものです。
とても、国としては認められない。
なので、正直……段階1で納得できない類の人は「迷惑」なんです。
心の中は自由ですけど、少なくとも国(人の集まり)に所属する以上、隠すべき性質ということになります。
今日はここまで。
明日は、段階3です。
想像つきますでしょうか?🤔
段階2でも解決できない厄介な問題が
実はまだ残っております。
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