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中計をリードするリサーチの成果物(相性◎×ジャッジ付き)

会社の経営方針・事業方針を示す「中期経営計画」は、3~5ヵ年の活動方針を社内外に公表する重要資料です。中計の主管部門は経営企画部が担いますが、取りまとめ役の立場でもあるため、実際には様々な部門の協力を必要とします。

デジタルプロダクトを運営する企業においては、プロダクト戦略を描くプロダクト本部、リサーチ実務を管掌するデザイン本部、データ分析を推進するDX本部などにとって、過去の業務成果や未来の活動方針を伝達する重要な機会です。

ところが、数年に一度のタイミングでやってくる特殊な業務なので、プロジェクトではデータの取り扱いに際して様々な困難に直面します。例えば次のような場面です(皆さんも横断型のプロジェクト業務を思い浮かべてみてください)

・誰も基礎の情報収集をしておらずベースとなるデータが無い
・社内によく似たデータが複数存在していて採用判断が難しい
・定常業務では接点が薄いメンバー同士で持ち味がわからない

そこで今回は、約10年間にわたる中計策定経験に照らして、中計の場面でデザインやリサーチの成果物はどのように活きるのか?、よく使用するフレームワーク(デザインツール)の相性を◎×で採点してみました。

※図表の内容は特定企業の事例ではなく一般化しています。
※資料の用途が公表か非公表かにより方法論が変わります。
※消費者・生活者に対する調査手法の説明は省いています。



●①3C分析【◎】

3C分析は、市場環境を把握する目的で①Customer/市場・顧客②Competitor/競合③Company/自社の要素から環境分析を行う成果物です。中計プロジェクトのメイン成果物であり、広範に及ぶ話題を取り扱うので最も作成負荷が高い資料でもあります。

このフレームワークはよく知られているので着手までは早いのですが、分業体制下では仕上がりがツギハギ状態になりやすい課題があります。情報の種類や粒度がマクロすぎたりミクロすぎたり、あるいは担当者の関心度順に情報が並んでいたり。

全体で統一感のある資料構成にするには、3C分析を自社・競合情報をまとめるデータアイテムのインデックスとして活用するのがポイントです。すなわち作成時の手順は「後から連結」方式ではなく、「先に構成を固める」方式がベストです。

市場概況・業界展望・競合認識・自社評価とも、すべて中計の基礎となる情報となるため、中計での相性は【◎】としました。


●②競合調査【○】

競合調査は、3C分析の一部でもあり、比較項目に沿って競合各社の対応有無を調べ、結果を星取り表の形式で比較できるようにする成果物です。デジタルプロダクトの運営企業では企業・機能・特典・商品などが主な比較項目となります。

例えば、機能版では「競合プロダクトの機能実装や表示対応の比較」を、特典版では「競合プロダクトの会員特典や販促施策の比較」を目的に作成し、調査結果から営業展開や機能実装への見解を揃えていきます。

元表を作る=比較項目を揃える段階では事業ドメインの理解を必要としますが、作業そのものはデスクリサーチの要領で誰でも実行できます。仮にバラで動いていてもそこそこの情報品質を保てるので、中計での相性は【○】としました。


●③ケーススタディ【◎】

ケーススタディとは、競合他社、強化領域、特定の施策・機能・表示におけるベンチマークプロダクトの事例研究を通じて、独自の成功要因を分析することで得た学びを自社の成長ストーリーの中に取り込む成果物です。

シンプルに直接的な業界研究・他社研究の材料とするのも良いのですが、それだと成果は基礎的な理解に留まります。中計の成果を高めるには施策や機能などの打ち手単位で優れた事例をピックアップするのも妙手です。

そうすることで安直な同質化にはならず、自社ユーザーに合わせた展開を考えやすくなります。具体的には、コンセプトワーク、サービス企画、マーケティング施策、プロダクトの機能開発などのシーンで役立ちます。

期間が限定されている上に高度な意思決定を伴う中計では、想定する提供価値の蓋然性(納得感のある事例件数)や、自社に取り込む時の確度(サービスモデルやポジショニングのハマり度合い)の思考実験をするのに役立ちます。

事例をストックしていく過程で見識が磨かれていくメリットもあり、中計での相性は【◎】としました。


●④従業員アンケート【○】

本稿の従業員アンケートとは、中計のシーンで経営ボードや執行部が領域強化・ピボット・テコ入れを検討するにあたり、従業員各位のイメージやアイデアを参照するための社内アンケートです(従業員満足度調査とは別個のもの)

中計プロジェクトは優秀な幹部メンバーで構成されます。そして徹底的に市場データ・顧客データを洗い出して、失敗がなくて旨みのある市場を狙おうとするものです。しかしこのアプローチはしばしば「内輪の結論」を招きます。

そこで従業員アンケートです。従業員の意見には、「そもそもそうべきなのにできていない」という良い意味で現実感に根ざした声が多く上がって気ます。そうした声に耳を傾けていると、新方針の蓋然性を冷静に検討できます。

たしかにアンケートの中には「TVCMを打って欲しい」のような極論も入ってくるので従業員のケイパビリティ次第なところもありますが、アンケート形式だと率直な意見が出てくることもあり、中計での相性は【○】としました。


●⑤SWOT分析【▲】

SWOT分析は、自社の特徴をStrength/強み・Weakness/弱みの項目(内部要因)により、市場環境をOpportunity/機会・Threat/脅威の項目(外部要因)によりそれぞれ整理して、自社が置かれた事業環境を抜け漏れなく分析する成果物です。

経営・マーケティング分析の文脈でよく使用されているので、「中計と言えばSWOT分析が基本成果物」という企業も多いことでしょう。こうした背景から、作り手・読み手を選ばずにスムーズに作業や討議に入れる良さがあります。

ただ、入口の柔軟さに反して出口を失うことがしばしば起きます。「認知が低い」「競合が強い」「業界の不況」「制度の変更」ーで、ここからどうします?(沈黙)という展開です。火の起こしどころがなく議論は袋小路に陥ります。

実はSWOT分析を機能させるには「強み」「弱み」と同じくらい「機会」「脅威」の解像度が高いことが条件となります。ただ、外部要因の情報分析は相応の知識を要するため、ここがボトルネックとなってだいたい上手くいきません。

ツールの普及度の割にハードルが高いので中計での相性は【▲】としました(以上は主に提供価値の企画面から見た印象です。事業に関するマクロ環境レベルのリスクを整理する用途ではありかも※「PEST分析」の方が適していますが)


●⑥バリュープロポジションキャンバス【◎】

バリュープロポジションキャンバス/VPCは、カスタマープロフィール(図の右側:顧客情報)とバリューマップ(図の左側:提供価値)から成る図を使って、ユーザー要件とビジネス要件を突合せ、その一貫性を示すための成果物です。

VPCは成長期にある企業の中計で真価を発揮します。成長期の企業では、マルチカテゴリー・マルチブランド展開が標準となり、日頃はそれぞれに運営されている各プロダクトですが、中計ではその関係性を一気に整理することになります。

このような場面で事業部からオリジナルのフォーマットで初稿資料が届くと、経営企画部では情報の消化不良を起こしてしまいます。たいていは、理念だけ詳しい、数字だけ詳しい、体制だけ詳しいなど、内容に偏りがあるものだからです。

バリュープロポジションキャンバスを使うと各プロダクトの戦略や方針を一気通貫で参照することができます。同じVPCのフォーマットを使うことでプロダクト間の比較・把握がスムーズになり、ポートフォリオ資料のように閲覧できます。

この状態が経営ボードや幹部メンバーが討議する粒度と合っており、中計での相性は【◎】としました。フレームワーク自体もメジャーなため、セールス・マーケティング部門から制作・開発部門まで広く通用するのもアドバンテージです。


●⑦リーンキャンバス【◎】

リーンキャンバスは、プロダクトの運営戦略を考える時に特に重要な9つの論点を一枚のキャンバスにまとめ、多様なステークホルダーに向けてプロダクトマネジメントのCore・Why・What(How)を伝える成果物です。

キャンバスでは顧客情報・市場情報・経営環境を整理し、その中央に提供価値・コンセプトを定める構成を取ります。プロダクトに関する企画・営業・開発・財務のすべての観点を取り扱うので中計にもってこいです。

もともと分厚い事業計画書を紙一枚にまとめるという趣旨から出てきた経緯の通りの使い勝手です。キャンバス内のデータソースはほぼ調査結果から作り上げるためリサーチの貢献度がとても高い成果物でもあります。

一方、プロダクトマネジメントへのキャッチアップができていない組織で運用するには説明負荷が高いこと、ファクト文化の大企業ではすべての項目にエビデンスを求められてしまい動きが鈍くなるのが懸念事項です。

上記のような難点もありますが、なんだかんだ一枚ですべてを語れるフレームワークはそれ自体が貴重であり、特に、中計では内部資料の目次・看板になり得る情報の網羅性があり、相性は【◎】としました。


●⑧グロースサイクル【○】

グロースサイクルとは、組織や事業がどのようなロジックで成長を目指しているのかを一枚絵で共有するアウトプットです。最大の特徴は循環型のモデルで、自社にとって論理の飛躍が無い状態で継続的・持続的な成長を目指します。

図では組織の主活動を1つのサイクルとして構成し、ユーザーのリピート、事業運営、マーケティング、プロモーションなどのサイクルを複合的に並べ、従業員がそれぞれの有機的なつながりを意識できるように可視化していきます。

組織方針はしばしば「○○戦略」のような形で各責任者から従業員に示されますが、それぞれの領域の個別性・専門性が高いと聞き手の中では情報が交わらなくなってしまいます。結果的に達成目標と目玉施策だけが印象に残ります。

グロースサイクルを使うと、個別の事業戦略・機能戦略を組織活動全体の中で誰もが捉えることができます。またリサーチ結果から提案を行う際に、このモデルを検討することで全体の意識を整えていく用途にも最適な成果物です。

「成長のモデルを示す」という中計のミッションとの合致、既存の活動と新規の活動の融合を全体視点でまとめるという使い勝手の良さから、中計での相性は【○】としました。


●あとがき

本文で触れてきた通り、中計プロジェクトでは情報収集→情報整理→内容討議→資料作成のサイクルを爆速で進めることになります。しかもたいていのメンバーはそこまで情報分析や要件整理の手法に詳しいわけではありません。

そのため、業務の主体は経営企画部ながらも、デザインのケイパビリティがめちゃくちゃ活きるプロジェクトでもあります。経営方針・事業方針との関わりを持つ機会にもなりますので、ぜひリサーチを使いこなしていきましょう!

●お知らせ

本記事内容の成功事例研究に当たる、優れた経営計画・事業計画を紹介するニュースレターを発行しました。中計・決算説明資料・成長可能性に関する説明資料などを対象に、リサーチ・デザイン領域の工夫が目立つ各社の取り組みを解説しています。

今月末にはリサーチの技法を経営計画・事業計画に活かすセミナーに出演します。この記事で取り上げたフレームワークの具体的な活用法と、ニュースレターで紹介している事例研究をライブでお話します。経営企画や戦略領域をご担当されている方はぜひご視聴ください!


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菅原大介|リサーチャー
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