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広大な自然を目の当たりにし作られた初アルバム Julia Shortreed『Violet Sun』レビュー

小林うてなとermhoiのふたりと共に、Black Boboiのメンバーとしても活動するJulia Shortreedがリリースした、新作アルバム『Violet Sun』をレビュー。
※このレビューはDIGLE MAGAZINEに2021.02.15に掲載されたものです。

Writer:黒田隆太朗
平成元年生まれ、千葉県出身。ライター/編集。MUSICA編集部→DIGLE編集部。

静寂。遠くからゆったりと昇ってくるような音に耳を澄ませる。Julia Shortreedによる初のアルバム『Violet Sun』は、「Hideen lake」の静謐な音で幕を開ける。暗い海の上を小舟で漂うような、茫洋とした感覚を抱くアトモスフィアなサウンドと、慎ましく残響するギターの音色。世界から雑音が消え、自分の内側に広がる景色と向き合うような、そんな独立した空間を感じる音楽である。

 小林うてなとermhoiのふたりと共に、Black Boboiのメンバーとしても活動するJulia Shortreedが、新作『Violet Sun』をリリースした。Black Boboiのアルバム『Silk』のリリースから約一月のスパンである。制作の発端は2016年の春、彼女が2ヵ月ほどアイスランドのレイキャビックへと渡ったことに起因する。そこで見た景色に感動した彼女は、再びその地へ訪れ現地でレコーディングを行った。一度は頓挫したものの、コロナ禍に制作を再開し、数年の時を経て完成したのが本作である。ミックスにはアイスランドのバンドmúmのGunnar Örn Tynesと、Black Boboiのアルバム『SILK』を手掛けたJoe Taliaが名を連ねている。

 「温暖化が進む地球と、人間がこの先どう共存していくかを投げかける作品となっている」という本作。厳かなムードの根底にあるのは、広大な自然への畏敬の念だろう。抑制された音数が有機的に絡み合い、広がりを持ったサウンドスケープを形成している。ポストクラシカルやアンビエントからの影響を伺える幽玄の音からは、果てしない深淵を感じるはずだ。

 「Hideen lake」を終えると、ダイナミックなリズムを持った「Taste」が始まり、そして濃霧の森を彷徨うような「Calling you」へと移っていく。まるで精霊に語りかけるような幻想的な声を持つ彼女の歌は、「意味」よりも「ニュアンス」や「シーン」を浮かび上がらせ、聴き手の想像力を刺激していく。アンニュイなメロディを聴かせる「Wild Rose」も佳曲だが、「Sol」から「She saw」、「In my hand」と続くエクスペリメンタルな流れも蠱惑的である。

 音楽を聴くことで得られる素晴らしい体験のひとつは、“ここではないどこか”へと連れて行ってもらえることに他ならない。一瞬の空間旅行、はたまた、ささやかな現実逃避である。最後の「Deep blue night」が指すものは、夜明け前の濃紺の空だろうか。重くシリアスなサウンドからはモノクロームの世界が浮かんでくるが、次第にスケール感を増していく構成からは、何か“始まり”のようなものも感じられるだろう。

 『Violet Sun』には彼女が対峙した自然の景色が宿っている。そしてリスナーもまたその楽曲を通し、思い思いの風景を見るのだろう。音に身を委ねて目を閉じれば、そこには宇宙が広がっている。

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