【無料公開2】5分で読める! 憂鬱の裏側にある秘密をイヤイヤ暴く探偵小説
月曜日は気分が沈む……注文した料理がなかなかこない……スマホの充電がすぐなくなる……
「そんな依頼はおれにまかせ――ないでほしい。ぜったいに。」
「憂鬱な出来事」の裏にひそむ“秘密”をイヤイヤ暴く!どこか冴えない探偵のショートショート。
誰にでもある「憂鬱な出来事」の裏側にある秘密を“意外な視点”で暴く。「情熱大陸」出演で話題の現代ショートショートの旗手による9篇を収録。
『憂鬱探偵』(2023年2月17日)発売を記念して、「足を踏まれる」を1篇まるごと無料公開!(1話を5分で読めるように、1篇を分けて連載形式でお届けします)
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部屋の扉がノックされ、どうぞと声をかけると一人の男性が入ってきた。
誰だろう……。
そう思っていると、若菜が言った。
「来てくださったんですね! ありがとうございます!」
西崎は困惑しつつ、若菜に尋ねた。
「知り合いの方……?」
「知り合いというか、依頼主さん、のはずです!」
「ええっ?」
西崎がいぶかしげに視線を向けると、男性は居心地が悪そうな表情で言った。
「えっと、そちらの女性から声をかけられて来たんですけど……」
若菜がひそひそと耳打ちしてくる。
「やることは自分で見つけなきゃって、昨日、何か困ってることないですかって町で聞いて回ってたんです! そしたら、この方とお会いして! 明日にでも、とりあえずうちに来てくださいってお伝えしてみたんです!」
興奮気味の若菜を前に、だいたいの状況が見えてくる。
なるほど、そわそわしてたのはこのせいか、と。
西崎はいろいろ呆れてしまう。
仕事を取ってこようとしてくれるのはありがたい。でも、町で聞いて回るだなんていくらなんでも怪しすぎるし、この人もこの人で、よくその怪しい誘いに乗って来たな……。
その一方で、目の前の男性が貴重な依頼主の候補であることには変わりなかった。
西崎は男性にソファーをすすめると、まずは話を聞くべく促した。
「それで、どういったことでお困りですか?」
「じつは……」
男性は沈んだ表情で口にした。
「私、電車でよく足を踏まれるんですよ」
それを聞いて、しばらくのあいだ西崎は何も言わずに黙っていた。
てっきり、そのあとに本題がつづくのかと思ったからだ。
しかし、特にそれ以上の話はないようで、西崎はたまらず相手に聞いた。
「えっと、お困りのことというのはそれですか……?」
「はい……」
男性は首を縦に振る。
「今日も誰かに足を踏まれるのかと思ったら、電車に乗るのが憂鬱で……でも、出社するには電車通勤しか手段がなくて……そんな話をそちらの方にしましたら、あなたが力になってくれるかもしれないと。それでここに来たんです……」
うんうんと、隣で若菜がうなずいた。
西崎は混乱しながら、内心で突っ込まずにはいられない。
足を踏まれるなんて誰にでもあるし、憂鬱だと言われたところでどうしようもないんだけど……。
そんな言葉をかろうじてのみこみ、西崎は言った。
「お気持ちはお察ししますが、あいにく私は探偵でして……」
「あの、だからです!」
声をあげたのは若菜だった。
「私もときどき足を踏まれますけど、これってなんだか、裏に秘密があるような気がしたんです! で、西崎さんなら、それを解き明かしてくださるんじゃないかって!」
西崎は首をひねる。
「えっと、迷惑行為に勤(いそ)しんでる犯行グループがいるとかってこと……?」
「そういう感じじゃなくて……もっと、こう……秘密って感じです!」
「よく分からないけど、何か根拠みたいなものがあるの……?」
「いえ、直感です!」
あっけらかんと若菜はつづける。
「とにかく、何かがある気がするんです! それに、困ってる人を助けるのが探偵の仕事なんですよね!?」
迫り来る若菜を前に、西崎はもはやあきらめの境地に達していた。
若菜がなぜ自信満々なのかは分からなかったし、そんなことを調べて意味があるとも思えなかった。調査料についても切りだせるような雰囲気ではなく、ボランティア仕事になるのであろうことも察していた。
ただ、悔しいかな、今の西崎には時間があった。それに、これをきっかけに正規の探偵業の依頼につなげられる可能性もなくはない……。
「……分かりました。お役に立てるか約束はできませんが、できるだけやってみましょう」
「やった! ありがとうございます!」
若菜は無邪気にはしゃぎはじめた。
「何か判明すれば、ご連絡します」
そうして、西崎はこの妙な案件に取り掛かることになったのだった。
とにもかくにも、西崎はひとまず調査に向かった。
空(す)いている電車では足を踏まれづらい。
そう考えて、西崎は若菜を連れて朝の通勤ラッシュのさなかの山手線に赴いた。
いざ駅についてみて、久しく満員電車になど乗っていなかった西崎は憂鬱な気分に襲われた。
「すごい人だな……」
これに乗るのかと沈んでいると、若菜はやる気に満ちあふれた様子で口にした。
「目的があると、なんだかワクワクしてきますね! 行きましょう!」
電車がホームに滑りこんでくると、二人はおしくらまんじゅう状態の車両に身体をねじこませて乗車した。
西崎が足を踏まれたのは、出発して間もなくのことだった。
「痛っ!」
反射的に声をあげるも、謝ってくれる人は誰もいなかった。
西崎は犯人を特定すべく、周囲を見ようと試みた。が、ぎゅうぎゅう詰めで首を動かすのもままならず、誰が踏んだのかは分からなかった。
西崎の憂鬱は加速する。
完全に踏まれ損だ……。
電車は激しい乗り降りを経て、やがて西崎たちが最初に乗りこんだ駅まで戻ってきた。
「すみません! 降ります!」
西崎が半ば叫んで駅のホームに吐きだされると、ちょうど若菜が立っていた。
「は、花倉さん、大丈夫だった……?」
「もう、めっちゃ踏まれました……!」
「おれも踏まれまくったよ……」
それで、と西崎はつづけた。
「収穫は?」
「なかったです……西崎さんはどうでした?」
「ダメだった……犯人を捕まえて話を聞こうにも、誰に踏まれたのかが分からない。みんながみんな、知らんぷりだよ」
「じゃあ、次は夕方のラッシュの時間ですね」
「えっ?」
西崎は変な声を出してしまう。
「調査は収穫なしってことで、これでもう終わりだけど……」
「そんなわけないじゃないですか! あっ!」
若菜は大声を出す。
「西崎さん、ごまかそうとしてますね!? 私が学生だからって、帰らせて一人だけで調べようとしてるんでしょ!?」
若菜は何を勘違いしたのか、不満そうな顔でつづける。
「変な遠慮はしないでくださいっ! 西崎さんひとりで調査に行かせたりしたら、助手の名がすたれます! 私、一緒に行きますからね! 次こそは手がかりをつかみます!」
いや、もう調べるのをやめたいんだけど……。
そう言いかけたが、西崎は言葉をのみこんだ。
何を言っても曲解されそうだったし、何より満員電車に疲れ切って説明する気力がなかった。
いったん大学に行ってくるという若菜を見送り、西崎はひとりため息をついた。
続きは明日公開! お楽しみに!!
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