母とやった『大人の脳トレ』でわかった恐るべき事実〈介護幸福論 #19〉
「介護幸福論」第19回。子供の頃から「お母さん似」と言われてきた。昔はピンとこなかったけど、介護をしてからその意味がわかってきた。まず携帯電話の着メロがかぶった。ふたりともホルストの「ジュピター」だった。そしてボケ防止のためにやっていた『大人の脳トレ』で、さらなる共通点を発見した。
■今更気づいた母との共通点
子供の頃から「あなたはお母さん似ね」と、周囲から言われてきた。ぼくには2つ上の兄がいるが、親戚のおじさんやおばさんはみな、兄を「父親似」と見なし、ぼくを「母親似」とジャッジした。
普通、小さい男の子が「お母さん似」と言われても、ピンと来ない。素直にうなずけない。しかし、三十年ぶりに母と暮らすようになり、その意味がわかってきた。
最初にぎょっとしたのは、ケータイ電話の着信メロディが同じ曲だったこと。ふたりともホルストの「ジュピター」だった。
平原綾香さんの歌でも知られるクラシックの名曲だが、ぼくがこれを着メロに設定したのはその歌が出るより前だ。母が10年くらい遅れて、偶然、息子と同じ曲を着メロに設定したことになる。いや、こっちが先のはずはない。母はクラシック音楽が好きで、毎朝の食卓にはクラシックが流れていたから、影響を受けたのはたぶん息子のほうだ。
次に驚いたのは「脳トレのお絵かき」である。
実家には『川島隆太教授の 脳を鍛える大人のDSトレーニング』という、大ヒットした任天堂DSのソフトがあった。ボケ防止になればと、兄が買ってあげたものらしい。
父はちっとも興味を示さなかったが、母はときどき手にして計算問題を解くなど、脳トレに励んでいた。
この『大人の脳トレ』で、たまに「お絵かき」の問題が出される。
「パンダの絵を描いてください」
「こいのぼりを描いてください」
などなど。出題されたら、タッチペンで絵を描き、あとで正解の絵と見比べる。
ぼくはお絵かきがまったくできない。人間にはこれほど苦手な分野があるのかと絶望するくらい、絵ごころがない。いわゆる「画伯」だ。
ものすごく絵が下手くそなゆえに、常人とは違うタイプの不思議な絵を描いてしまう、おふざけの意味で使われる「画伯」。小学校の頃から図画工作の時間が一番の苦痛だった。
ある日、ぼくが脳トレをやっていたら、「カンガルーの絵を描いてください」という問題に出くわした。
カンガルー? えっと、どんなだっけ。足は4本ある。しっぽもあるだろう。そのくらいはわかる。顔があって、耳の形は? 目は黒く塗ればいいの? そうだ、お腹の袋があるじゃないか。これが最大の特徴だ。袋を描こう。あれ、なんだこれ!? 馬と変わらないじゃん。ダメだ、お腹に巨大なデキモノがついた不気味な馬になっちゃったぞ!?
カンガルーの映像はぼんやりと浮かんでいるのに、どの姿を静止画としてとらえればいいのか。どの角度で描いたらいいのか。センスが皆無のため、まずは胴体を描き、そこに足を4本描くと、その時点でほぼ馬になってしまう。お腹の袋を描き加えると、変なデキモノにしか見えない。
正解の絵を見た後なら「なるほど。前足を短く、手のようにして描き、体全体を起こして描けば、馬にはならないのか!」と気付くが、絵ごころがないと基本的なコツがわからない。
我が身の絶望的なまでの絵の才能のなさに呆れつつ、その日はそれで終わった。下手くそすぎる画伯の絵は、誰にも見せることなく闇に葬ればいい。
■寒気が走る恐ろしい事件
しかし--。後日、恐ろしい事件が起こる。
脳トレのお絵かき問題には、「展覧会」というサプライズ機能が付いていた。何人かのプレイヤーの絵がたまると、前触れなく「展覧会をしましょう」と、複数のプレイヤーの描いた絵が並べて画面に表示される。
「な、なんじゃ、これは~~~!!」
画面を開いたぼくの目に、カンガルーの展覧会が表示された。そこには母の描いたカンガルーの絵と、ぼくの描いたカンガルーの絵が並べてあったのである。
あの衝撃はどう表現したらいいのだろうか。まじめな話、背筋が凍りついた。越後の山々に積もった雪を全部、シャツの背中に入れられたくらいの強烈な寒気が全身に走った。
母の描いたカンガルーと、息子の描いたカンガルー。2枚の絵はそっくりだったのである。
繰り返すが、ぼくの絵はどう見てもカンガルーには見えない超下手くそなシロモノだ。しかし、これとそっくりな絵を、同じ「カンガルー」というお題で、先に描いた人類が地球上に存在した。お腹にデキモノがくっついた馬みたいな謎の生き物を描写した人が!
「こ、これが遺伝子の仕業か……。おそるべき生命40億年のシステム……」
■「絵ごころなし遺伝子」は存在する
この時に確信した。人間には「二重まぶたの遺伝子」や「速く走れる遺伝子」があるように、「絵ごころなし遺伝子」というものが存在する、と。
しかもこの遺伝子は、絵の才能があるかないかを決めるだけではなく、どっち方向に間違ってしまうのか、その間違い方まで決めている。
あまりの絵のそっくりさに言葉を失いつつ、これは母にも見せねばなるまいと、2枚の絵が並んだ画面を見せてあげた。
母はびっくりして恥ずかしがった。
「やーだ、わたしの描いた絵がなんで出るの!? 見ないでちょうだい。ホントに下手くそなんだて、わたしの絵は」
自分の描いたカンガルーの絵が表示されているのはすぐに理解したが、なぜ2枚あるのかはわかっていないようだった。
「あのさ、それ、片方はオレの絵なんだ」
「え、どういうこと?」
「だから、片方がおかあちゃんの絵で、もう片方はオレの絵」
「あんたの絵!? やーだ、なんでこんなに似てるの? あーら、あっはっは、あんたも下手だねえ、あっはっは」
「………………」
いやいや、おかあちゃん。
あなた爆笑してますけど、息子の絵が下手なのは、どう考えてもあなたのせいですから。あなたの“絵ごころなし遺伝子”のおかげですから。
*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf
※本連載は毎週木曜日に更新予定です