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肺炎が回復に向かっていた母に、別の病気が見つかった〈介護幸福論 #9〉

「介護幸福論」第9回。連載の第1回でも触れたように、母の肺炎がきっかけに故郷に戻っての介護生活が始まった。入院していた母にはいい薬が見つかり、症状はよくなったのだが、新たに悪い知らせが飛び込んできた。

#8はコチラ↓

いい知らせと、ひどい知らせ

 肺炎で入院していた母にようやく効く薬が見つかり、症状は急速に快復へ向かった。顔色が良くなり、病室のテレビを楽しそうに見る笑顔も増えた。

 母は『鶴瓶の家族に乾杯』や『笑ってコラえて!』の『ダーツの旅』など、田舎のおじいちゃんおばあちゃんが出てくるバラエティが好きで、
「よくみんな、あんなに急にカメラ向けられて、面白いことがしゃべれるもんだねえ」

 なんて、感心しながら笑っていた。

 しかし、いい知らせがあれば、ひどい知らせもある。検査の結果、今度は肺にがんが見つかったという。

 がん。かつては不治の病の代名詞とされた憎むべき病気。母親の診断でこの単語を聞かされて、冷静でいられる息子はいないだろう。

 とは言え、がんは近年、もう治らない病気ではない。肺がんが見つかりましたと、担当の医師があっさり母に告げたことで逆に少し不安がやわらいだ。

「まだ検査してみないとわかりませんが、おそらく初期の段階、ステージ1だと思います」

 今はインターネットという便利すぎる情報ライブラリーがあるため、病気のこともすぐに調べられる。

「肺がん ステージ」

「肺がん ステージ」と検索窓に打ち込んで調べると、ステージ1からステージ4まであり、数字が小さいのは早期、数字が大きくなるほど進行した段階だという説明が記されている。さすがにその程度の知識は持っていたが、読み進めていくと「5年生存率」という言葉に行き当たった。

 読んで字の通り、がんの診断から5年後に生存している割合のことだ。ステージ別に具体的なパーセントや生存率のグラフまで載っていて、肺がんのステージ1なら80~90パーセント(ステージ1にもA1、A2、A3などの区分があり、それぞれ違う。ここに記した数字は大雑把な例です)、ステージ2なら60パーセント……など、病期が進むほど5年生存率は下がっていく。

 目の前のグラフのカーブを見つめながら、息子はあれこれと考えたくないことまで考える。

「ステージ1なら、すぐに命の心配をしなくても大丈夫そうだ。でも、ステージ3以降になると、急に5年生存率が下がるんだな」

 母が以前からときどき電話口でゴホゴホと咳き込んでいたのを思い出し、あれは肺炎のせいだったのか、それとも肺がんのせいだったのかと、胸騒ぎを覚える。

 心を落ち着かせる情報も見つかった。肺がんの場合、早期の段階なら切除の手術ができるが、進行した段階になると切除は難しい。つまり目安として、切除の手術ができるなら早期の確率が高い、という分け方もできるらしい。
 母は肺炎の完治を待って、肺がんの切除手術を受けることになっている。ならば、たぶん早期なんだろう。今は良いほうへ、良いほうへ考えよう。ぼく以上に不安の雲の中にいるのはおかあちゃんなのだから、付き添い人はなるべく楽観的に振る舞ってあげるべきだろう。

「おとうちゃんは…」

 そんな母は母で、表面上はがんの診断に大きな動揺を見せるわけでもなく、相変わらず父の心配ばかりしていた。

「おとうちゃんは、ちゃんとご飯を食べてるんだろかねえ」

 ぼくが母の見舞いに行くのは、父をショートステイで施設に預かってもらっている時だから、それが気掛かりのようだった。わがままな父が施設の寝泊まりになじめているのかどうか、ちゃんと食事をとれているのかどうか。

 ぼくが父の近況を伝える。

「意外と、なじんでいるみたいだよ。このあいだ、施設の話をおとうちゃんに聞いてみたらさ、『ここはおかしな旅館だな。酒を出してくれって頼んでも、酒がないって言うんだ』だって。特養を旅館と思っているみたい」
「あらー、そんなこと言ってたかね。困ったねえ」
「でも、家に帰りたいって駄々こねるよりはマシだよ。禁酒もできるし、かえっていいかも」
「そうだかねえ。お酒くらい飲ませてやりたいけどねえ」

 しかし、父に関しては、ぼくが楽観的すぎたのかも知れない。在宅介護とショートステイを併用しながら、父の世話をするのに少しずつ慣れてきたという安心感は、あっけなく否定される。

 特養を旅館と勘違いしていた父が、数日後、大騒動を起こしてしまったのである。


*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf

※本連載は毎週木曜日に更新予定です


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