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ゲーム屋人生へのレクイエム 70話
アメリカの小売り業者は売れ残ったらそっくり返品するか、売り切るまで値下げを続けることができるという恐ろしいシステムのおはなし
「70話ですね」
「70話だな」
「またタイトルをいじってますね」
「70話を節目に変えてみた。【小説】っていちいち言わなくてもいいかなと思ってね。見た目がスッキリするでしょ」
「見た目にこだわりますね」
「noteでは見出しが重要だぞ。ホーム画面でいい感じに目立たないと読んでもらえないからな。タイトルに小説とか長編とかあると敬遠されるんじゃないかと思うんだよ」
「またはじまった。PV病」
「そんなことはない」
「絶対ですか」
「絶対とは言ってない」
「じゃ少しはあるんですね」
「少しある。いいだろう少しくらいなら」
「まあ、いいですけど。そんなことより早く本編にはいりましょうよ。冗長ですよ」
「では本編。
新しい職場に出社してね。それで社長から名刺を作るから俺の肩書を決めようと言われたのよ。プロダクトマネージャーはすでにこの会社には居たので、ライセンス&アクイジションマネージャーということに決まったのよ。ライセンスと買い付け担当ということだ。簡単に言えば商材探しが俺の仕事だ。
初仕事は俺の入社にも関わったイギリスの開発会社との5タイトルの本契約交渉だったよ。どの経費をどっちがどこまで持つかとか、細かい交渉が1か月くらい続いてね。その間も企画や仕様はどんどん詰めて11月までの発売に間に合わせる為に開発作業は交渉と並行して進めたよ。任天堂への企画申請やらパッケージ承認などやることが山ほどあったけど何とか11月初旬に全5タイトル同時発売することができたんだよ」
「売れたんですか」
「売り切った。売れ残ると大変だからな。そうだ、日本には無い、アメリカのゲーム販売の恐ろしい一面を説明しておこう。この事を知らない人は多いからな」
「恐ろしいってどういうことですか?」
「それはプライスプロテクションという仕組みだ。簡単に言えば商品が小売で売れ残った場合、売り切るまで値下げをすることができる。というものだよ」
「うーん。特に恐ろしくはないように聞こえますが」
「例えばだ。メーカーが小売業者にゲーム100本を一本当たり5000円で売ったとする。この時点での売り上げはいくらでしょう?」
「100本X5000円ですから50万円です」
「そうだ。50万円だ。だが、この時点ではまだこれは予定だ。この50万円のメーカーへの支払いは商品を受け取ってから90日後だとしよう。そして100本のうち50本は発売直後に定価の5000円で売れたとする。ということは50万円の半分の25万円の支払いが確定する。そして問題の売れ残りだ。わかりやすくするためにすごく極端に例えるぞ。残り50本が全然売れないから100円まで値下げしてようやく売り切ったとしよう。この値下げ分の売り上げはいくらになる?」
「100円X50本ですから5000円です」
「では定価で売れた分との合計はいくらになる?」
「定価で売った50本X5000円の25万円と値下げして売った100円X50本の5000円をたして25万5千円です」
「最初に売った時点での売り上げは50万円だったけど最終的に支払われるのは25万5千円だ。差額は24万5千円」
「最初の売り上げ予定の半分じゃないですか」
「これは例えなので実際にはここまで値下げすることはないけど段階的に値下げして在庫がゼロになるまで続けるんだ。小売りは在庫切れを恐れて多めに仕入れる。売れ残ったら売れるまで値下げをして差額はメーカーが負担する。だから売れ残ったらメーカーは大損する」
「値下げを断ればいいじゃないですか」
「そうすると返品すると言ってくる。メーカーは返品されるくらいなら赤字を承知で売り切ってもらうしかない。これが恐ろしい仕組みなのよ。このシステムはアタリショックで懲りた小売り業が市場防衛策として打ち出したシステムだと聞いているぞ。アタリショックについては49話参照」
「売れ残ったゲームはメーカーの責任で始末させるという事だが、これをすべての小売りが歩調を合わせてメーカーに迫ってくるんだ」
「怖いですね」
「うむ。どこの会社もこれで苦しめられている」
「今もそうですかね」
「そうだと思うよ。でも、今はこのリスクを下げるためにオンラインでゲームを売ってる。オンラインゲームには売れ残りも返品もないからな」
「なるほど」
「小説もオンラインで買う時代だ。そうだ。この小説も売ろうかな」
「やめましょうよ。お金を取ったら誰も読んでくれませんよ」
「はっきり言うのね」
続く
この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体とは一切関係ありません