見出し画像

Kyrie.

〝夏に入院なんていいじゃない。
涼しいし、外に出る理由がなくなるのだから。
のんびりしておいでよ〟

テーブルを囲んだ昼休憩、
早々に食べ終えて煙草を吸いに行く後ろ姿がそう言った。
控えめについているラジオから
知らない音楽が流れていた。
(気になって後で調べたらうっかり好きになってしまった)


+ + + + +

絶望的に重たいボストンバッグを
午前中でも30℃以上ある炎天の下
地面に置きたくない一心で引き摺らないように歩く。
受付で検温したら、
いつもは低い体温が37℃ギリギリで少し焦った。

手続きを終えて10階の病棟に上がると、
控えめなヒーリングミュージックと液晶に映る海
壁一面の窓がある部屋で看護師さんがくるのを待つ。

窓の外は半端に見慣れていた景色。
昔のことを思い出していた。
あの頃は、なんて。
そんな思考正直そこまで持ち合わせていないのだけど、
ただなんとなく入院のこのシチュエーションが
なんだか懐かしいなと思った。


+ + + + +

いろんな人が代わる代わる部屋へやって来て
色々な説明や処置を施してくれる。
1週間絶食だったので、一日中点滴と友達。
夜中も寝ている間に点滴を交換しにきてくれるので
なんだか申し訳ない気持ちになった。

私は言われた通りに横になっているだけで
右腕から抜かれていく血液が
機械を通って左腕に戻ってくる。
天井を見ているうちに眠たくなっていつも寝てしまう。
私の血液から除去された部分は
どこへいってしまうんだろう。××××。


+ + + + +


大部屋が空いていなくて、急遽個室に入れてもらった。
とても静かで衛生的な、
感情の波がない部屋だなと思った。

増えてくばかりで全然減らない小説の山から
一冊だけ持ってきた《キリエのうた》
朝起きて静寂の中で読むこの物語は、
なんだかとても叙情的だった。
全て読み終えた後、もう一度キリエの歌を聴いた。
彼女の背負うものに、
彼女らの背負うものに胸が詰まりそうになる。

「キリエ」

小さい声で呟いてみた。
この街のどこかに彼女がいるような気がしてならない。


+ + + + +

夏にもっと言葉と遊ぼうと思っていた。
人に会うのは億劫だし、
なんとなく体もついていけてないような
忙しない日々。

それでも夜を歩けば言葉は戻ってくるし
忘れていても全部覚えているってこと
もう分かっている。
どこにも行かないでと手放せなかったものは
失くすのが嫌で私が隠していただけ。

全ては自分の内側に広がっていることだった。


美しいものが好き
美しい言葉を綴りたい
心の鏡面が穏やかで、美しい人で在りたい


ただなんとなく生きているより
理想がある方が豊かな気もする。


+ + + + +


あとどれくらいで退院できるだろう。
この静かな非日常から
また私の日常へ
戻る練習をしておかなくちゃいけないな。

気づいたことを大切に、
いつまで経っても慣れない点滴の痛みを
誤魔化しながら
(全然友達になれてない)

こんなに健康的な生活、
多分続けられそうにないけど。

きっとこれから新しい場所へ
ちゃんと自分を連れて行ってあげられるように
充電期間をもらったのだなと思っている。


医療の人は本当にすごいなぁ。
各科の担当医がみんなキャラ立ちしすぎてて
ドラマの中にいるみたいです。
面白い経験した。




いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集