“4才若い色黒のキミ”の話
相方が入院することになってしまった。
約3週間の入院が必要な程の大怪我で、心から心配だ。
直接は言えていないが、心から申し訳なく思っている。
なんせ私のせいで入院するようなものだ。
初めてこんなに離れる事にも、多少の不安を覚える。
相方と共に病院に着いた時から、“色黒のキミ”は目に入ってた。
“あの子も綺麗だけど、やっぱりウチのがいいな”
実はこんな事を思っていた。
別に驚かせたい訳じゃないから言っとくが、相方とは愛車の事だ。
もうひとつ言っとくと、本当は愛車の事じゃないかもしれない。
ともあれ、色々な説明と手続きを済ませた後、店の外に出た。
お店の方は思った通り、色黒のキミを紹介してくれた。
「全く同じグレードですから、使い勝手も全く同じです」
「ちなみに4才若いピッチピチの子です」
「使っているスマホは最新です」
ふんふんと耳には入れたが、別にどうと言うことはない。
少なくとも借り物だから、大切に乗ろうと、私は思う。
ただ。
乗り込んだ瞬間、数年ぶりにこう思ってしまった。
「新車の匂いがする〜いい匂い〜」
この話はあっさりここで終わりで、今日はその翌日だった。
汚さないように、傷付けないように乗せてもらってはいるが、
毎朝相方にしていたように、心の中で
“おはよう。今日も頼むぜ”
なんて言うのは少々躊躇うし、今のところ言う気になれない。
相方の顔がちらつく。
ただ、昨日と同じく、今日も新車のいい匂いがする。
“よ、よろしく”
なんて、言ってしまいそうになる。
今日は早くに用事も終わり、別の事をしていた。
子供と遊んだり、仕事をしたり、犬の散歩をしたりといった、まぁ至って普通の日常だ。
夕方涼しくなった頃を見計らい、犬を散歩に連れ出し、キミの横を通り過ぎた時、私はキミの事を考えていたが、ふとこう思ってしまった。
「......?」
「.......?!?」
「.........っ!!」
「“新車の匂い”って、本当にいい匂いなのか?」
匂いを思い出すのは難しいが、今日はとても暑かった。
暑い日差しに暖められたキミに乗った時、少しだけピリッとした事を思い出した。
目が一瞬しばしばするような、深呼吸をためらうような、そんな匂いだったように思う。
決して嫌な匂いという訳ではなかったし、一瞬の事だったが、
“相方だとこんな事はなかったな”
と思った。
“新車の匂いだからいい匂い”なのか
“実体として新車はいい匂い”なのかに疑問をもったという、
長々と書いた割にはその程度の話だ。
“それがどうした”という話なのかも知れないが、私は考えてしまう。
今の素直な気持ちは
“やっぱり相方がいいな”
といった所だが、普段思わなかった気持ちにもなっている。
・この子ほど大事にしてあげられてないな。
・いつの間にか相方は傷だらけにしちゃったな。
・慣れていただけで次に乗った時に“嫌な匂い”だと思わないかな。
この気持ちを忘れずに大切に取っておきたい。
3週間もあれば、慣れるには十分過ぎるだろう。
意地悪な書き方をしたが、これはやっぱり愛車の話だ。
でも、そうじゃない風に捉えるのにも、そこそこの話だったろう。
相方は喋れないし自分では何も出来ないから、やはり私がしっかり面倒を見る責任がある。
いつも安全に快適に運んでくれる事にも、改めて感謝しよう。
そして、少しでも一緒に走れるようにもっと大事にしてやろう。
言うまでもなく、この話の延長線上には、家族を思う時間もあった。
相方が帰ってきたら、家族みんなで写真を撮って飾ろうと思う。