これは、現代の【幸福論】だ。
前作の【正欲】が素晴らしい小説だったので、最近出た新刊を購入して読んでみた。ちなみに私は彼のことに結構詳しい。なぜならラジオやエッセイを愛聴・愛読していたからだ。彼のエッセイより笑える本はなかなか無いかもしれない。気が向いたらぜひ手に取ってもらいたい。
さて、この新刊【生殖記】についてだが内容についてはすでに告知されているものを引用する。
私はこの一見ふざけたタイトルの小説を”現代の幸福論”と結論付けた。過去にいくつかの有名な幸福論がある。
これらの中でもよく知れているのは1925年のラッセルの幸福論ではないだろうか。その論説は、「己の関心を外部に向け、活動的に生きるよう。」というものだ。
それまでの幸せとは宗教による「受け身の幸せ」だったのだが、ラッセルは能動的な幸せを提示したといえる。幸福論は時代によって変化する。生活様式や、価値観が大きく変化するからだ。
朝井リョウの【生殖記】からいくつか文章を引用させてもらう。
現代の幸福度を測るモノサシは「他」に依存している。SNSが流行して益々その傾向が加速した。「他人がこうだから…」「他社はこのように…」のように。小説ではこの「他」のことを「共同体」と表現している。
共同体から認められた時に幸せになるというのが現代の幸福論。ここまでの論調はよく聞くのだが、ここからがこの作家の凄いところだ。
その共同体感覚に欠けた人たちがいる。その人たちの「次の姿」を見せてくれる。それが上記にある文章だ。
共同体感覚に欠けた人たちとはつまり、社会的弱者を指す。
社会的弱者はどのように生きるのか?
現在では得難い幸せを、我々は手にすることができるのか?
の答えのようなもの…とでも言えばいいのか、作者はこの小説に提示している。私はこの【生殖記】は、前作である【正欲】の続きのような話だと思った。
この二つの小説は現代の幸福論だと思う。幸福について人は古代から探求してきた。宗教を作り、哲学を作り、便利な時代を目指した挙句にまた幸福を見失い、「他」を参考に幸福を見出すというおそらく間違った幸福論が現在は主流になっている。
その現状におかしな目線と、巧みな文章で新たな世界を見せてくれる。これはそんな小説である。
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