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【むしろ好かれる】できる上司の「叱り方」たった1つのコツ

エリック・シュミット他『1兆ドルコーチ』を読む

情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。第6回は2019年に刊行、アメリカ人の伝説のビジネス・コーチについて書かれた『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

名だたる巨大テック企業の創業者たちが
アメフトコーチを師と仰いだ理由

 スティーブ・ジョブズをはじめ、アップルやグーグルの名だたる経営者たちに教えを解いた伝説のエグゼクティブコーチ、ビル・キャンベル。彼についてグーグルの元CEOたちが書いたのが、2019年に刊行され、日本でも17万部を超えるベストセラーになっている『1兆ドルコーチ』である。

 だが、彼は若い頃からテック企業でキャリアを積んだわけでも、ビジネススクールを出たわけでもなかった。シリコンバレーにやってきて、ビジネスの世界に入ったのは、なんと39歳から。それまではアメリカンフットボールのコーチだったのである。

 この文章を書いている私は、雑誌やウェブサイト、書籍の制作などで3000人を超える人たちにインタビューをしてきた。経営者や起業家などが中心だが、中には俳優や科学者、そしてスポーツ選手も少なくない。

 オリンピックのメダリストやワールドカップに出場するサッカー選手、大きな実績を残した野球選手などに取材をしていて感じたのが、ビジネスとの親和性だった。

 定めたゴールに向け、いかにして日々を過ごしていくか。チームのメンバーと呼吸を合わせ、大きな目標を達成していくか。リーダーシップを発揮し、仲間たちをいかに鼓舞するか。自分を律し、磨き続けていくことができるか……。

 アメリカでは、その価値を強く認識しているのかもしれない。本書の担当編集、三浦岳氏は語る。

「たしかにアメリカでは、スポーツとビジネスの親和性は日本より高く、アメフトやバスケのコーチの書いたビジネス書も人気があります。とはいえビル・キャンベルは39歳でアメフトの世界からビジネスの世界に入ってきて、わずか4、5年のうちにジェイ・ウォルター・トンプソン、コダックを経てアップルでセールス・マーケティング副社長になり、その数年後には子会社クラリスのCEOになっているので、異例の活躍ぶりだったのだと思います」

 そんなビル・キャンベルがビジネスの世界に持ち込んだのが、組織づくりの鍵、コミュニケーション術だった。

「コミュニケーション」が組織の成否を握っている

 グーグルのCEOたちのコーチングを担ったビル・キャンベル。その影響力は、とても大きなものだった。こんな記述がある。

 この15年間に、ビルの助言はグーグル全体に深い影響をおよぼした。と言っても、彼が「やるべきこと」を指図したというわけではないーーまったくない。たとえプロダクトや戦略に何か思うところがあったとしても、彼はたいてい胸のうちにとどめた。
 むしろチームのコミュニケーションが取れているかどうか、緊張や対立が明るみに出され、話し合われているかどうかに気を配り、大きな決定が下されるときは、賛成しようがしまいが全員がそれを受け入れていることを確認した。(P.40)

 だが、この役割は極めて重要だった。引用の続きには、「ビル・キャンベルは、グーグルの成功にとって最も重要な存在の一人だったと断言できる。彼がいなければいまのグーグルはない」とまで書かれている。

 担当編集の三浦氏はいう。

「会社というのは、要は人が集まって意見を擦り合わせて目標を達成するということをやっているわけですよね。この擦り合わせの過程でアイデアを最良のものにできればいいわけですが、場合によってはむしろ否定合戦になることもある。それもシリコンバレーの経営層クラスになると、天才同士が一歩も譲らず、ギスギスとした嫌な空気のなかでアイデアが空中分解することも出てきます」

 そこで重要になるのが、コミュニケーションなのだ。

 ポジティブなリーダーシップが問題解決を促すことが、研究からわかっている。ビルはチームやメンバーをほめ、ハグし、肩を叩いて自信を持たせ、安心させた。(中略)
 これも、職場へのスポーツコーチングの適用である。私たちは職場を離れ、子どものサッカーや野球のチームをコーチするときには、「ポジティブコーチング」や、まずほめてから建設的なフィードバックを与えることの大切さを肝に銘じる。だが仕事に戻ったとたん、そんなことはすっかり忘れて人を叱責する。(P.205-6)

ビル・キャンベル

叱るときは「率直に、真正面から向き合え」
――むしろ人望を得る叱り方とは?

 いかにコミュニケーションを円滑にしていくか。さまざまなアドバイスがあるが、最もビル・キャンベルらしいのは、これだろう。「率直であること」だ。

 ビルはいつも100%正直で(ありのままを話した)、率直だった(厳しいことを臆せず伝えた)。真っ正直という言葉がふさわしい人だった。グーグル取締役でアマゾンの元幹部ラム・シュリラムもこう言う。「ビルはいつも開けっぴろげで、隠し立てをしなかった。彼が言うことと本当のことのあいだに隔たりはなく、つねに一致していた」(P.145)

 そのために、ビル・キャンベルが行っていたアクションがある。多くのリーダーはフィードバックを人事考課のときまで待つが、ビルは待たなかった。決定的瞬間かその直後に、その問題に的を絞ったフィードバックをしたのだ。

 ネガティブなフィードバックをするときには容赦がなかった。真正面から向き合った。口汚い言葉を使うこともあった。しかし、どんな痛烈な言葉も、相手に元気を与えた。それは、率直さに思いやりが込められていたからだ。

 他にも「すべきことを指図するな」「勇気の伝道師になる」「ありのままの自分をさらけ出す」など、独自のコミュニケーション術が紹介されている。

 ビル・キャンベルは、コミュニケーションの達人だった。そしてそれをリーダーたちは、まねたのだ。
(次回に続く)

(本記事は、『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター

1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。