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末期にて(Another Version)――下町の記憶の底から
詩誌「潮流詩派」掲載作品(改変版)
街角の舗道の上
固く閉じられた店の
錆び付いたシャッターの前や
古びたアパートの
コンクリートブロックの
小さな階段の真下に
横たわり
今にも死にかけていた
あるいはすでに
死んでしまっていたのかも知れない
行き倒れの人々の顔は
その傍らを通り過ぎていく
人々の眼差しから
薄汚れた毛布やぼろ切れで
遮られていて
通過していく人々の
眼差しなど求めてはいない
黄昏の街の大気の
半透明の被膜を
貫いていく
赤外線暗視スコ―プの
二つの眼球=眼差し
それがこの小さな街を覆い
包み込み
その街と外との応答を
断ち切っている
(赤く点滅するその眼球=眼差しが、一人の男のふらつく後ろ姿をとらえる。
ほどなくしてその男は力尽きてうずくまり、そのまま倒れ、路上に伏せて横たわった。
偽装した特性のない者たちが、両腕で支えた暗視スコープを眼球にぴったりとあてがう。
……男の身体に 暗視スコープの赤い光の束が、絶え間なく降り注いでいる……)
廃棄物の砂漠の直中に作られた
赤い血の降り注ぐ
バラックへと
行き倒れの男たちを
運び込んでいく
特性のない者たちの
くたびれた
灰色の作業ズボンと
どこにでもありそうな
安物の紺のジャンパーと
ガーゼマスク
マスク上部の眼球を覆う
暗視スコープは
やがてやってくる
真の暗闇の
接近に備えて
彼ら自身の眼球の裏側に移植された
彼ら自身の力で
それを除去することは
できない
彼らのもとには
すでに
永遠の夜
真の暗闇が
訪れている
獲物を狙う仕掛けが動き出す
永遠の夜
真の暗闇の
餌食になるのは……
(――堅く閉ざされた病室の扉を開くと 一人の女性が ベッドに横たわっている
すでに言葉は失われていたが 彼女の沈黙の叫びはすぐそこまで届いていた
私の指先は 今 ようやく 彼女の乾いた指先に触れる
彼女は私の祖母だった その声は かろうじて私の名前を呼ぼうとする
だが 私の名前へと辿り着くことはない ふと気づくと いつもの見慣れた光景が
沈黙の中で血を流す瞳に貫かれ 私がいったんそこから立ち去ったあの扉が
今 再び開かれる)
薔薇の花弁が降り注ぐ部屋の窓辺で
忘却の彼方に生まれでた
その微笑が
凍り付いた私の瞼に
そっと触れ
やがて静かに
傍らを通り過ぎていった
私は眼を閉じる……
私に贈り与えられたもの
それは
眼差しではなく
ただ
この微かな息吹き
※かつて冬に谷中から旧吉原・竜泉・山谷・千住大橋一帯を長時間歩いた記憶に基づいている。以上の作品のオリジナルは90年代半ば頃に書かれた散文草稿『ゼロ-アルファ』のごく一断片である。本作品はその草稿を詩作品に変換したものである。
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