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見ざる聞かざる言わざるは、本当に良いこと?―クールな仏系青年とアツイ菩提心

自分の世界に没頭し、何事にも最小限、他に興味や反応をあまり示さない物静かな青年のことを、仏男子・佛系青年(中国語)と言うらしいです。日本では『草食系』ほど聞かないことの言葉ですが、中国では良く使われる佛系青年。日本語ではブッダとかけて『ブッダンシ』だとか。

わたしはブッダほどガチで人生を解脱につぎ込んだ人間を知らないので、仏男子のイメージとブッダのイメージは真逆です。

ジャータカを読んでわかると思うのですが、母虎の口の中に自らの腕を突っ込んでしまうくらいの勢いがある人を、最小限な生き方と呼ぶには語弊があります。むしろブッダは、解脱に向けて最大限の努力とチョイスを常にしてきたように思われます。

これはよくある誤解だと思います。『見ざる、聞かざる、言わざる』を選ぶことが仏系だと思われるかもしれません。世界は煩わしいので、嫌気がさして背を向ける、反抗するのも煩わしいので、当たり障りなく過ごすのは、悪い事ではありません。翻弄されないように、情報を選ぶ能力も必要なご時世です。

ですが、実際にこの『見ざる、聞かざる、言わざる』には2つの解釈があります。ひとつめはみなさんが知っている、余計なことに目を向けない、耳を傾けない、言わないという意味です。もう一方は反対で、真実が見えない、聞こえない、表現できないという意味です。だから人ではなく『猿』になっているのだとか。

もともと『ブッダ』という言葉の『ブッ』は目を開くという意味です。菩薩や菩提の『ボ』も同じ意味に起因しています。何に目を開くのかというと、世界のありのままの姿にです。菩提心という言葉は慈悲と訳されますが、ボディチッタの音写で、直訳すると『目覚めた意識』になります。

ブッダや菩薩には、何が見えているのでしょう?それはわたしたちの心象のひとつひとつが世界を織り成しているありさまです。その心象が互いに響き合い、折り重なってそれぞれの自己が形成されている様子が、ありありと見えているのです。だからこそ、ひとつひとつを他人事として放っておけない、というのが慈悲のよりどころです。

慈悲に重きを置く大乗仏教だけでなく、テラヴァーダ仏教でも同じです。日常的に読まれているお経『カラニヤ・メッタ・スッタ』=の中でも、こう書かれています。

Mātā yathā niyam puttam Āyusā ekaputta-manurakkhe  母が一人息子のことを、自らの命のように大切にする、そのくらいの気持ちであれ。

観世音菩薩=観音さまが女性の姿をしているのも、『無我』で他を自分の一部として感じている状態が、母が子を思う気持ちに一番近いからです。

現代の個人主義が尊重され、ユニークな個人のあり方が大切にされることはとても良いことだと思います。その一方で、世界や他人に無関心になるのは、ニヒリズム(虚無主義)的で、仏系とされるには、『菩提心』という重要なキーワードが欠けてしまっているのではないでしょうか?

たとえばそれを超個人主義として『ニーチェ系』と言ったとしても、そこに相応するエネルギーもありません。ニヒリストにはニヒリストならではの最大限の生き方があるからです。

仏教では欲求(タンハ―)には次の3種類あります。

①しあわせを感じたい欲求 (kāma-taṇhā)
②生きていたい、世界を留めていたい欲求 (bhava-taṇhā)
③うんざり・面倒であきらめたい欲求 (vibhava-taṇhā)

最後の③うんざり・面倒であきらめたい欲求が、極端に言うと自殺の原因となる欲求でもあります。温度差は違えど、草食系、さとり世代、仏系青年も、この面倒で命に目を向けたくない欲求に当てはまるのではないでしょうか。

本当の仏系は目を向けたくないところに目を向けることから始まります。マインドフルネスも、自分の中に潜む『目を向けたくない動機』を見つめるための練習です。

情報が錯乱する中で、最近のニュースを『見ない・聞かない・話さない』はある意味効果的なことだと思います。ですが、自分の中に潜む恐れを『見ない・聞かない・話さない』ようにするのはかえって不健康で、どこかでストレスを抱えてしまいます。

不安がある時は、迷惑だからと平気なふりをして、一人で抑え込もうとせずに、解決策を探したり、友人や家族、信用できる人の話を聞いたり、反対に自分の話を聞いてもらったりしてください。

大人なふるまいや、『クール』でいることに価値はありません。本当に価値があるものは、かっこ悪くても『正直でいること』です。

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だるまいこ | 仏教学者のインナーセンスオブワンダー
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