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読書感想文「銀河ヒッチハイク・ガイド」

「銀河ヒッチハイク・ガイド」—なんでも、イーロン・マスクの愛読書だそうだ。初版から50年近く経った今でも色褪せることなく、むしろ現代社会を投影する鏡のように私たちに様々な問いを投げかけてくる。一見、奇想天外でナンセンスな物語の中に、現代社会と驚くほど重なる要素を見出し、驚いた。

物語は、地球が突如として宇宙人の高速道路建設のために破壊されるところから始まる。主人公アーサー・デントは、友人であり実は宇宙人だったフォード・プリーフェクトに救出され、銀河ヒッチハイクの旅に出る。旅の道中で、彼らは様々な異星人や奇妙な出来事に遭遇し、宇宙の謎や生命の意味を探求していく。

特に印象的だったのは、「究極の疑問の答え」を求めて建造されたスーパーコンピュータ「ディープ・ソート」の存在だ。750万年の計算の末、ディープ・ソートが出した答えは「42」。しかし、その答えの意味を理解するには、さらに巨大なコンピュータが必要だと告げられる。このエピソードは、現代のAI開発競争を彷彿とさせる。莫大な資源を投じ、人智を超えたAIを生み出そうとする試み。はたしてこれが人類に真の幸福をもたらすのだろうか。ディープ・ソートが示した「42」という一見無意味な答えは、目的を見失った技術開発への痛烈な皮肉のようにも感じられる。

また、作中には人智を超えた存在による支配というSFの主要なテーマも描かれていた。地球は実は、意図的に建造された巨大な有機コンピュータであり、人間はその計算リソースとして活用されていたという衝撃的な事実が明かされる。これは、映画「マトリックス」で描かれた「人間牧場」のような世界観を先取りしたものだ。現代社会における情報技術やAIの進化によって、私たちが知らず知らずのうちに操作されている可能性も示唆しているようにも思える。

ブラックユーモアとナンセンスに満ちたストーリー展開に、最初から最後まで飽きることはなかった。ユーモラスな語り口は、どこか星新一のショートショートを彷彿とさせる。星新一の作品も、奇抜な設定とブラックユーモアの中に、人間社会に対する鋭い風刺や未来への警鐘が込められていることが多い。両者の作品には、一見軽妙でありながら、深いテーマを読者に考えさせるという共通点がある。

「銀河ヒッチハイク・ガイド」は、SFであり、コメディであり、哲学的な問いを投げかける寓話でもある。宇宙の広大さ、生命の意味、人間の存在意義など、物語を通して様々なテーマが提示される。そして、それらの問いに対する明確な答えは示されない。必ずしも作者の意図ではないのかもしれないが、読者自身がそれぞれの解釈で答えを見出すべき課題として、考えさせられる。

繰り返しになるが、50年近く前に書かれた作品でありながら、「銀河ヒッチハイク・ガイド」は現代社会にも通じる普遍的なテーマを扱っている。AI技術の発展、情報社会における人間のアイデンティティ、そして生命の意味の探求など、私たちが直面する問題を風刺とユーモアを交えて描き出している。この作品は、SF愛好者はもちろん、社会問題に関心のある人、哲学的な思考を深めたい人など、幅広い層に読まれるべき名作だ。

この作品を通して、技術の進歩と人間の幸福の関係、そして私たち自身の存在意義について深く考えさせられた。変化し続ける社会の中で、人間としてどのように生きていくべきか。いつか、地球が突如破壊されるような事態に遭遇したとしても、落ち着いてタオルを掴むことを忘れずにいたい。それが、この壮大な宇宙を生き抜くための、ささやかな知恵なのである。


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