豊かな生活ってなんなんだろう・・?
Kindleで人気だとおすすめされた小説を何気なく読んでいたら、日本の近海の豊かさについての描写がありました。
海流や気候、地形、川、森林からの栄養、火山のミネラル、様々な理由から、日本近海には約3700種もの魚がおり、それは世界の海水魚の25%に相当する、というのです。調べてみると、だいたいそんなもののようです。
さらに先を読み、祖母の話と重なります。私が住んでいる西条市は、南に四国山脈、北に瀬戸内海が広がっており、海も山も両方近くにあるほうだと思います。
祖母は子どもの頃、母親が働き者だったので、海で貝をとってきたり、いろんなものを食べさせてもらった、と何度も何度も話します。
その話を聞いて、農耕民族よりも狩猟民族の方が、さまざまなもの、それも旬のものを、適切に食べて健康だった、という話を思い出します。
そして、現代では、お金がないと食べられないという話になってしまうのですが、ちょっと足を伸ばして、身体を動かして、野のもの、山のもの、海のものを、欲張らずに自分がそのときに食べる分だけとってくるという生活は、今よりどんなに豊かだっただろうと思うのです。
別の日に読んだ小説は、生活保護のお話でした。だからこそより一層、自然がきちんと残されていたら、あの小説の登場人物はこんな生活を送らなくても済んだのかもしれない、と感じたのです。
さらに昔は冷蔵庫が発達していないので、保存がきかないのも大事なポイントに思います。今はなまじ冷凍ができてしまうために、自分がそのときに食べる以上ものを、自分のものとして欲張って確保してしまおう、という気持ちが湧いてしまいます。
野山のものを採ってきて…という話を読むときは、必ず年輩者が「全部採ってしまってはだめ、今必要な分だけ、そして来年のためにも必ずしっかり残すように」という助言があります。
そういえば、うろ覚えなのですが漫画『ゴールデンカムイ』にもそんな教えがあったように思います。
あくまで私達は、山の神様のおすそ分けをいただくのであり、全部根こそぎ採るのは違う、という考えは、改めて「そりゃそうだ」と納得します。
GWのある一日、テーマを「冒険の日」と設定して、甥や姪と遊びました。野いちごが真っ赤に実っているので、それを採って食べるのです。草むらの中に真っ赤な野いちごを見つけては、大喜びし、夢中になって採っていたら、足元にでっかいムカデが這っていて、「ぎゃ〜!!!」と私たち人間が逃げ惑う…という体験でした。
この野いちごが、馬鹿にできないほど、甘くて美味しいのです。果物好きの子どもたちは、争うように、でも、ちょっと特別な、大きくて真っ赤な野いちごは、きっと格別に美味しいだろうと、お互いに半分こをして、分け合って食べていました。
『餅ばあちゃんの物語』は、そんなに自然のことばかりが出てくるわけではないのですが、私はそういったことがどんどんつながっていきます。そして、そのことを通して「働く」という意味も広がってきています。
もちろん、過去のほうが素晴らしいとか、昔のほうがよかったと言うつもりはないですし、今広がっている「豊かさ」の恩恵は私自身も受けていて、ありがたいと思っています。
私にとって「豊かさ」の定義を見つめ直す、そんな機会になっています。
番組を見ていなくても、対話会にご参加いただくことは可能です。他の参加者のみなさんのお声を聞いて、あ〜こんなことを思うなぁ、というかんじでも大丈夫です。
(文責:森本)
▼6月の予定とテーマ本も決まりました!
・6月6日(火)20:00〜
・テーマ本:『社会の変え方 日本の政治をあきらめていたすべての人へ(明石市長・泉房穂)』