ミッドナイトスワン
バックストーリーが足りないな、でも何か観ることのできる映画だなと感じました。
こう書くと低評価のようですが、決してそうではありません。結構高く評価しているんです。
1)バックストーリーは何故必要なのか
バックストーリーというのは物語が始まるまでのストーリーのことです。脚本家は登場人物を考えるときに、その人物の性格や経歴、プロフィール、信条や価値観、友人関係、何に影響を受けて育ってきたか、どんな思想を持っているか、さらには両親や祖父母がどんな人生を歩んできたか(本人が生まれる前の経歴)といったことを考えます。
バックストーリーの大部分は、映画本編には使われません。なのになぜ考えるのかというと、その登場人物のことを掴むためです。例えば犬をかわいがる場面があったとして、過去に自分で犬を飼っていた経験のある主人公と、犬を飼ったことのない主人公とではかわいがり方が違うはずですよね。たとえ既に亡くなっているとしても、どんな両親に育てられたかによって立ち居振る舞いも違えば台詞も違うしどんな服装を好みどんな髪型をしているかも違うはずです。その小さな違いの積み重ねがキャラクターを作り、映画のテイストになったりリアリティにつながったりするんです。それに脚本家は、思うように書けなくなったとき、バックストーリーを参照することで書けるようになることがあります。だから必死に考えるんです。
で、そのバックストーリーの中には、映画本編でも描いておいた方が良い情報もあります。登場人物の過去のできごとや経歴をある程度描いておかないと、その行動やシチュエーションが唐突に思えたり納得できなかったりすることがあるんです。
例えばこの映画だと、最も気になるのは「一果は何故バレエがうまいのか」。その理由を描いておかないと、観客の頭にはずっと「?」が浮かんだまま観ることになってしまいます。バレエの先生に「習ってた?」と聞かれ薄く頷くシーンや「癖あるねぇ」と言われるシーンはありますが、これだけでは弱いです。実は3歳からバレエを習っていて、小4の時に親の事情で辞めさせられ、それからは独学で練習してた、といった説明がないとスッキリしません。
2)説明するか想像させるか
バックストーリー以外でも、ストーリー上、説明しておくべきことがあまり描かれていない印象です。とくにナギサと一果が心を通わせていく過程はもっとしっかり描いてほしいです。二人がそこまで互いのことを信頼しあうようになる要素ってあったっけ?という疑問が最後まで残りました。
一果のバレエ友だちのりんが怪しい撮影スタジオに通って母親の期待を裏切るような行動を取っている理由もいまいち明確ではないですし、りんは最後はバレエができなくなったことに絶望したのでしょうか、それとも母親の期待に応えられなくなったことに悲観したのでしょうか。
また、一果の母は最後、どうして一果がナギサのところに行くのを許したのでしょうか。
こういったことは、できれば説明してほしいです。
でも冒頭に書いた通り、この映画ってこんなに説明不足なのに、全然理解できないっていうこともないんですよね。
一果のバレエがうまいのも、「あぁ、習ってたんだ。きっと元々才能あったんだろうね」と思えなくはないですし、ナギサと一果が心を通わせていくのも、一果が最初は掃除を拒否していたのにある日突然部屋を片づけていてナギサが驚くシーンとか、まったく描かれていないわけでもないので想像できます。りんの心情も、足の怪我が原因だとわかります。
たぶん想像できるかできないか、ギリギリのラインを狙って作られているんですよ。そこが巧いなぁ〜と思いました。
とはいえ僕は、ちゃんと説明してほしい派です。
テーマとか世界観とかスタイルによっては、描かずに想像させた方が深い作品になることがあります。説明が入るとテンポが悪くなるから、あえてそのシーンを外す場合もあります。でも、基本的には説明不足だと感じさせない方が良いと思っています。
3)草彅剛だから成立した映画
ところで、日本アカデミー賞の主演男優賞にこんなことを言うのもアレですが、草彅剛は何を演じても草彅剛だなと思いました。
それが悪いと言いたいのではありません。そういう個性を持った俳優だと言いたいのです。高倉健だってそうですし、吉永小百合も同様です。木村拓哉も、何を演じても木村拓哉です。
今回、草彅剛が演じた役って、トランスジェンダーを抱えた男性じゃないですか(”トランスジェンダーを抱えた男性”という表現が合っているのかどうか分かりません。もし誰かを傷つけてしまっていたらごめんなさい)。これ、下手したらコントにしか見えなくなってしまうと思うんですよ。稲垣吾郎とかが演じていたら絶対笑ってしまいますもん。でも草彅剛だとそんなことはなく、むしろ適役だと思って観てました。
たとえコントに見えるのを回避できたとしても、他の役者が演じたら画面がやかましくなってしまうでしょうね。きっと監督が狙っている画面じゃなくなってしまうと思うんですよ。
これって一体、何なんでしょうね。顔なのか容姿なのか雰囲気なのか、それとも草彅剛という人へのイメージでしょうか。いや、声のトーンとかもある気がします。いずれにせよ草彅剛だから成立しているのだと思います。
4)まとめ
この作品、実は期待せずに観たので、意外と面白くて良かったです。予告編を見た時点で「この映画は行かんわ」と思ってたのですが、近場の映画館での上映時間の都合で観ただけなんですよね。それがまさか日本アカデミー賞の最優秀作品賞を獲るとは。
さすがにこの1年間で最も優れた作品だと言われると、他に良い作品なかったの?と言いたくなります。いや、『すばらしき世界』の方が良かったですけどね。
製作年 2020年
製作国 日本
配給 キノフィルムズ
上映時間 124分
スタッフ
監督 内田英治
脚本 内田英治
エグゼクティブプロデューサー 飯島三智
撮影 伊藤麻樹
照明 井上真吾
録音 伊藤裕規
美術 我妻弘之
編集 岩切裕一
音楽 渋谷慶一郎
キャスト
凪沙 草彅剛
桜田一果 服部樹咲
瑞貴 田中俊介
キャンディ 吉村界人
アキナ 真田怜臣
桑田りん 上野鈴華
桑田真祐美 佐藤江梨子
桑田正二 平山祐介
武田和子 根岸季衣
桜田早織 水川あさみ
洋子ママ 田口トモロヲ
片平実花 真飛聖