『紋霊記』その參「僕がそれを家紋だと知った日」no.03
今年の夏も家族のみんな、お父さん、お母さんと弟と四人で墓参りにやってきた。
京都市内の観光地で有名な東山にある大きな墓地。大谷墓地というお墓だ。
このお墓の上には有名な清水寺がある。二寧坂や産寧坂は観光客でいつもごった返しているけど、お墓への参道はほとんど人がいない。地名とか僕はあまり知らないので親に教えて貰った、というか言っていたのを聞いてただけなんだけど。
学校なんかでも教えてくれない。時々先生が京都のことを話してくれることもあるけど、それは少し脱線した話なので、勉強という感じでもない。でも、勉強じゃ無い、って思えるからなのか、そういった話は記憶に残ったりしている。勉強って何なのだろう。
希にお墓参りの人が歩いている程度で普段はほとんど人は見当たらない、らしい。らしいというのも僕はほとんどお墓参り以外でここには来たことがないので、お母さんから聞いただけの話だ。
他のお墓は知らないけど、ここのお墓は本当に広くて、毎年来ているけど、自分の家のお墓の位置がなかなか覚えられない。
墓参りついでに清水寺にお参りをしたり、観光の真似事もやってみたい気もするけど、どうもこの季節の暑さのせいで、親たちもそんな気分にもなれないらしく、いつも早々に切り上げて帰ることが多い。
「あれ? これって?」
お墓の真ん中辺りにある台のようなもの(後から調べたら水鉢という名前がついていることが分かった)に見慣れた模様というか絵というのか。それが目に入った。どうも見覚えがある。
「ん? ああ、うちの家紋やんか。毎年来てんのに今頃気づいたんか?」
お父さんは墓の周りに生えた雑草を抜いていたが、首にかけたタオルで額の汗を拭いながら言った。
「そういやオヤジ…… お前の爺ちゃんが戦国武将の誰かが使ってた家紋と同じとか言ってた気がすんなぁ」
思い出せん、とお父さんは必死に思い出そうとしていたが、どうやらなかなか出てこないようだ。
それにしても自分の家にも家紋があるってのは驚きだ。よく分からないけど、なんだか格好いい気がする。
そうだ、と思いついたのでお母さんにお願いをしてみた。
「ねぇ、スマホ使ってもいい?」
来年から中学に入るということもあって、少々早いけど、お父さんとお母さんがスマホを買ってくれた。普段は持ち歩かせて貰えて無いし、家でも一日1時間だけしか触らせて貰えない。今年から通い始めた塾に行くときだけは持って出ることを許可されている。終わった時の連絡を義務づけられているけど。スマホを持っている友達なんかも似たようなルールのようだ。遊びたいアプリのゲームがあってもなかなか出来ない。
今日は使わないだろうけど、念のためにと(迷子とかのためかな?)持って出てきた。
「何に使うの?」
とお母さんは不思議そうに聞いてきた。そりゃそうだ。今この場面でスマホを使う理由を見つけることの方が困難だろう。
「写真撮るんだ~」
そう、僕が思いついたのはお墓の家紋を写すことだった。せっかく知ったんだから、忘れないようにしたい。
早速、自分の鞄からスマホを取り出す。スマホが少々熱くなっている。どうやら今日は36℃もあるみたいだから仕方無いのかもしれない。
早速カメラのアプリを起動する。
お墓にカメラを向けてみるが、太陽の光でなかなか焦点もうまく合わない。距離を取ったり、角度を変えたり、色々と試してみて、何とかある程度納得のいく写真を撮ることが出来た。その間弟はずっとしゃがみ込みながら、蟻で遊んでいた。しゃがんだ角度は日陰にもなっていたので、今日のような夏の晴天ではある意味正解だったのかもしれない。
ふと、何か影のような黒い何かが見えた気がした。
「あれ?」
それが何なのかよく分からなかったけど、得体の知れないもの、怖いもの、のような感じでは無かったと思う。鎧みたいなのを着た人の姿だったような気もする。多分気のせいだろう。
僕が不思議そうにキョロキョロしていると、お母さんがどうしたのと言わんばかりの表情で見てきたが、僕は何でも無いよと微笑みの表情で応えた。
気のせいだったのかもしれない。
「うまく撮れたよ~」
僕は撮れたお墓の写真を上機嫌でお父さんとお母さんに見せた。
うまく撮れたな、上手に撮れたね、と微笑んでくれた。撮れたことも嬉しかったけど、二人が笑ってくれたのが何だか嬉しかった。何故か誇らしくなった。大人になったような気もして何だか嬉しい。
ふと周りを見渡すと凄いことに気づいた。どのお墓にも家紋が入っている。
「お父さん、凄いなー。どのお墓にも家紋入ってんねんな!」
「せやなー。今まで気にしたことなかったけど、どの家の墓にも入ってるもんやな」
あ、今のダジャレな。とお父さんは笑った。
「ぱっと見ただけでもいろんな家紋があるんやな」
とお父さんは感心しながら辺りの墓を見廻した。僕もそう思った。色々見てみたくなってきた。
「ねー、お父さん他のお墓の家紋見てきてええ?」
「もう片付けて帰るさかい、またにしとき」
「そっかー。んじゃ、またにするわ。残念」
その後、片付けを終え、お墓に入った家紋をチラチラ見ながらお墓を後にした。
家に帰る途中、何か冷たいものでも、ということでファミリーレストランに立ち寄った。僕と弟はかき氷を頼んだ。僕がメロン味で弟はイチゴ味。お父さんとお母さんはアイスコーヒーを頼んでいた。
「それにしても暑かったね」
「墓は石の照り返しがあるから余計に暑いなぁ」
とお母さんとお父さんが話している間、僕はかき氷を食べながら、家紋のことを考えていた。なんでこんなに家紋のことが気になっているのか自分でもよく分からないけど、凄く格好いいと思った。そういえばこの紋には名前はあるのだろうか?
「ねぇ、お母さんちょっと僕のスマホ貸して」
いちいち親の許可を取らないとスマホが使えないのは面倒くさいなぁ。
はいはい、と鞄からスマホを取り出し、僕に渡してくれた。
「お父さん、うちの家紋は何て名前?」
さっき撮った家紋の写真を見ながら聞いてみた。
「んー。爺さんなんて言ってたかなぁ。キュウリがどうのこうのと言ってた気がするんやけど…。思い出せん!」
結局うちの家紋が何だかよく分からなかったけど、この日を境に僕は家紋のことが気になってしまった。
そして約十年の後、「紋師」と呼ばれる男と知り合う事になるのだった。
それぞれの家が持つという印、家紋。
家紋には人知れず、意思ある何かが宿るという。
見る者、見れぬ者。
知る者、知らぬ者。
信じる者、信じぬ者。
かつてそれを人は紋霊、紋神、紋の精霊などと呼び、家を守る彼らに感謝し、時には畏怖した。
そしていつしか人々はその存在を忘れていった。
つづく
→ 第四話「宿る心」