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アナトリア建国記3

紀元後309年、ペルガモン宮廷

アナトリア国は平和と繁栄を謳歌していたが、その裏側では不穏な影が忍び寄っていた。

イオアネスは大広間で評議会の報告を聞いていた。報告の中でひときわ目立つのは南方の港湾都市の成功だった。交易路が確立され、アフリカからの物資が安定して供給されるようになったことで、アナトリア国は周辺諸国からも一目置かれる存在となっていた。

だが、その報告の最後に、テオドロスが低い声で告げた。
「陛下、北方からの知らせです。フン族が西ローマを越え、ゴート族の領地を荒らし始めました。我々の同盟地も狙われています。」

イオアネスは眉をひそめた。
「フン族がここに来るのは時間の問題か……我々も備えを固めなければなるまい。」


外敵の脅威

フン族の侵攻は急速に拡大していた。報告によれば、ゴート族の一部がアナトリア国に逃れようとしており、国境地帯には避難民が溢れ始めているという。イオアネスはただちに軍の動員を命じ、国境を防衛すると同時に、難民の受け入れ態勢を整えた。

しかし、この動きがペルシャ帝国を刺激した。ペルシャの新王シャープール三世は、アナトリア国が北方から流入するゴート族を利用して自国に侵攻するのではないかと疑念を抱き、国境地帯に軍を配置した。

テオドロスは心配そうに進言した。
「陛下、東西両方で敵を作るのは危険です。フン族とペルシャを同時に相手取るのは無謀かと。」

イオアネスは静かに首を振った。
「だからこそ、戦争を避ける道を探さなければならない。だが、国の安全を脅かす者には断固として立ち向かう。」


内部の亀裂

そんな中、国内でも不安定な動きが起き始めていた。アナトリア国が多民族国家として成長する一方で、それぞれの民族間での摩擦が激化していたのだ。

ゴート族の一部が特権を求めて反乱を計画しているという噂が流れ、さらにスラヴ人の代表が評議会の場で不満を述べた。
「我々の民はこの国を支えるために十分な犠牲を払ってきた。しかし、その見返りは不公平だ!」

また、国内の有力な商人たちが、中央政府が交易を統制しすぎていると反発し始めた。彼らは密かに私設軍を持ち、地方で影響力を強めていた。

イオアネスはすぐにエウクレイアを呼び、意見を求めた。
「これまで、国を一つにまとめてきたはずだ。それが今、分裂の危機に直面している。」

エウクレイアは冷静に答えた。
「多民族国家は統一を維持するのが難しいものです。ですが、オルタ教を再び民に思い出させるべきです。神々が調和を望むことを訴え、再結束を促してください。」


混乱の火種

だが、混乱の火種は消えなかった。ある日、南方の港湾都市で暴動が発生した。きっかけはゴート族の労働者たちが新しい税制度に反発したことであった。彼らは商人たちと手を組み、港の倉庫を襲撃し、物資を略奪した。

暴動を鎮圧するため、イオアネスはテオドロスに部隊を派遣させた。しかし、鎮圧が強硬すぎるとの批判が高まり、暴動は別の地域にも波及していった。

その頃、宮廷にある密書が届いた。
「陛下、ペルシャの一部貴族が我々に接触を試みています。ペルシャ国内でも分裂の兆しがあり、彼らはアナトリア国を味方につけたいようです。」

イオアネスはその密書を読みながら深く考え込んだ。ペルシャ内部の混乱を利用して有利な状況を作るか、それともこの状況を静観するべきか……いずれにせよ、選択を誤れば国そのものが危機に陥る可能性があった。


決断の時

翌朝、評議会が招集された。イオアネスは広間に集まった代表者たちを見渡し、静かに口を開いた。
「我々の国は、外からも内からも試されている。だが、忘れるな。この国を築き上げたのは皆の力だ。ここで分裂すれば、国そのものが崩壊する。」

彼はオルタ教の聖典を掲げた。
「この地は神々に祝福された地だ。今こそ、再び一致団結し、混乱を乗り越えよう。」

その言葉に一部の代表者たちはうなずいたが、他の者たちは静かに不満の表情を浮かべていた。

イオアネスは、これからの国の行く末が自分の判断と行動にかかっていることを痛感していた。内外の混乱を収めるため、彼は最後の賭けに出る準備を始めた。

紀元後310年、アナトリア北方国境都市・カリュンドス

朝霧が漂う北方の国境地帯。フン族の襲撃に備え、砦の上では兵士たちが黙々と武器を磨いていた。国境を守る将軍クレオンは緊張感を隠せず、部下たちを厳しい目で見回した。

「奴らが攻めてくるのは時間の問題だ。気を抜くな!」

フン族の動向に関する報告は混乱していた。彼らは時に協力の意志を見せつつ、裏ではゴート族の反乱を扇動しているという。

一方、ペルガモン宮廷――

イオアネスは密使の報告を受けていた。ペルシャ帝国内部の不穏な動きについてだった。シャープール三世の治世はまだ若く、宮廷内では対外強硬派と和平派の間で激しい権力争いが繰り広げられていた。密使の声は緊迫していた。
「陛下、和平派の有力者が我々と秘密裏に会談を望んでおります。条件次第では協力関係を築くことが可能かと。」

しかし、テオドロスは難色を示した。
「ペルシャは油断ならない相手です。和平をちらつかせつつ、背後から攻撃を仕掛けることも考えられます。」

イオアネスは静かに考え込んだ。ペルシャとの和平は国の安定に寄与する可能性があるが、同時に国内の不満を増幅させる危険も孕んでいた。彼は慎重に答えた。
「和平の道は模索するが、軍備は整えよ。裏切りがあれば即座に対抗できるよう準備を怠るな。」


史実との交錯:ローマの混乱と民族移動

この時期、西ローマ帝国はアラリック1世率いるゴート族の脅威に直面していた。ゴート族はフン族の圧迫を受けてローマ領内に移住し、ついにはバルカン半島を荒らし回っていた。アナトリア国にもその波及が懸念され、国境地帯の治安は悪化の一途を辿っていた。

また、アフリカ沿岸部ではベルベル人の部族間抗争が激化しており、アナトリア国の新たな交易港もその影響を受けていた。船団が襲撃され、穀物の輸送が滞る事態が頻発していた。

これらの出来事が重なり、国内では不安が増していた。農民たちは高まる税負担に苦しみ、商人たちは交易の停滞に不満を漏らしていた。


宮廷内の陰謀

ペルガモン宮廷ではさらなる問題が発生していた。最近入国したゴート族の指導者グナイウスが、貴族層や商人たちと秘密裏に接触を図っているという噂が流れた。グナイウスは次第に影響力を強め、評議会内でも彼を支持する者が現れ始めた。

エウクレイアはその事態を重く見て、イオアネスに進言した。
「陛下、この国の結束を維持するためには、ゴート族の反乱を未然に防がねばなりません。彼らに譲歩を見せるか、あるいは力で抑えるか……決断を急ぐべきです。」

しかし、テオドロスは強硬な姿勢を示した。
「譲歩はさらなる要求を生むだけです。力で見せつければ、奴らも大人しくなるでしょう。」

イオアネスは頭を抱えた。外敵の脅威が迫る中、国内の分裂を避けるための選択は困難を極めていた。


運命の決断

その夜、イオアネスは一人でペルガモンの大聖堂に向かった。オルタ教の神々に祈りを捧げ、指導者としての道を問うためだった。

「この国を守るために、私は何を捨てるべきなのか……」

その祈りの最中、エウクレイアが静かに現れた。
「陛下、決断は重いものです。ですが、これまでの陛下の選択が、この国をここまで導いてきたことを忘れないでください。」

イオアネスは目を閉じ、深呼吸をした。そして静かに言った。
「まずはゴート族との協議を開こう。ただし、裏切りの兆しがあれば、速やかに対応できるよう軍を準備させよ。」

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