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『ベイビー・ブローカー』の感想、反応の撮影について。

是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』ご覧になりましたか?
ボクは二度見ましたが、この映画は映画館で見ることを強くオススメします。

いきなり冒頭からネタバレしますが(笑)、
後半の「生まれてきてくれてありがとう」のシーン・・・彼ら5人が泊っているホテルの部屋の電気を消して、暗闇の中でソヨンが静かな声でしゃべり始めます。
このとき映画館も暗いので、暗い画面と暗い映画館の空間が溶けて、まるで観ている自分もあのホテルの部屋にいるような気分になるんですよね。あの部屋のベッドに横になってソヨンの声を聴いているような感覚になって・・・自分もソヨンに「生まれてきてくれてありがとう」と言われたような気がして、心が動きました。

あれって自分ちの明るい部屋のモニターで見てたなら、きっとできない体験だったなあと思って。「あー映画って暗闇の中で見るから、体験として観ることができるんだなー」と、映画を映画館で見ることの意味を、そして大画面で小さな声を聞いたり、小さな小さな表現を見ることのステキさを再確認しました。

そんな是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』はウェルメイドな良作でした。が、このブログは「演技ブログ」なので演技についての感想をちょっと書きますと、以下のような印象でした・・・「今回は実験しなかったんですね、是枝監督!」

リアルな反応を撮影する。

是枝監督の映画といえば『誰も知らない(2004)』では子役には脚本を渡さずに、ドキュメンタリーチックに子供たちのリアルな反応を撮影したり、『万引き家族(2018)』では後半のクライマックスである警察署での取り調べのシーンをエチュード(即興)的に長回しで撮影して、俳優本人が思いもよらないようなリアクションを引き出したり。

いつも「特殊な不安定な環境下に俳優たちを置いて、なにかが起きるのを待つ」という、イチかバチかの実験的手法で登場人物たちの「真実の瞬間」みたいなものや、「俳優の瑞々しく力強い芝居」とかを引き出して撮影して劇作品の中に取り込む手法で・・・それゆえに柳楽優弥君はカンヌで最年少で最優秀主演男優賞を受賞したし、『万引き家族』は同じくカンヌでパルムドール(最高賞)を受賞して安藤サクラの芝居が絶賛されたりしたわけです。

そういう意味での、イチかバチかの実験というか冒険というかチャレンジが、今回の『ベイビー・ブローカー』には特に見当たらなくて・・・演技的には安全運転というか、ちょっと予定調和的な芝居に見えました。

ソン・ガンホ(『パラサイト 半地下の家族』)、ぺ・ドゥナ(『リンダリンダリンダ』)、カン・ドンウォン(『新感染半島』)、イ・ジウン(『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』)、イ・ジュヨン(『梨泰院クラス』)といった韓国の最高の俳優たちを集めて、さて是枝監督は今回どんな実験・冒険を繰り広げるのか~!とワクワクしていたので、是枝映画ファンとしてはちょっと残念でした。

いつものソン・ガンホさんでしたよねー。もちろん素晴らしい演技でしたが。

ネタバレするカメラワーク。

演技だけではなく、『誰も知らない』とか『万引き家族』なんかもそうだったと思いますが、是枝監督作品はカメラワークも瑞々しいんですよね。
それは先程の実験・冒険によって、俳優の芝居がいつ何が飛び出すかわからない状態なので、何が起きても撮り漏らさないぞ!という撮影監督の「演技に対する集中力」みたいなものが画面に現れているんだとボクは感じます。
演出によって準備された仕掛けに俳優たちが反応して起こる「何か」を待ち構えているカメラ・・・この緊張感は是枝監督作品の特徴のひとつでした。

ところが今回の『ベイビー・ブローカー』はあらかじめ決まったカット割りに従って予定通りに撮ってるように見えたんです。実際、是枝監督は今回事前に絵コンテをガッツリ作って撮影に臨んだらしいのですが。

そのせいか今回、力技で繋いだような編集もとくに見当たらず、淀みなくカットが進んでゆくんです。だからある意味ちょっと演技が先読みできちゃうところがありました。「だってここでカットがこう切り替わるってことはこの俳優はこういう反応するってことでしょ?」みたいなw。
これがまた演技の予定調和感を後押ししていた気がします。

その瞬間にしか撮れない俳優の生々しい反応

是枝監督の作品って、やはり「そのショットの中で何が起こるのか」がわからない、油断ならないって感じがわくわくするんですよねー。

樹木希林、リリー・フランキー、カトリーヌ・ドヌーヴなどの怪優たち、そして子供たちが、急に思いもよらないような芝居を始める、そんなドキドキワクワク感にボクは夢中になっていました。

今回の『ベイビー・ブローカー』で一番「そのショットの中で何が起こるのか」を観察するべきシーンといえば、おそらく先程の「生まれてきてくれてありがとう」のシーンだと思います。
ですがこのシーン、それを言われた面々の反応をさらっとしか映していないんですよね。ソヨンに「生まれてきてくれてありがとう」と言われてサンヒョン、ドンス、ヘジンのそれぞれの心になにか変化が起きるのですが、その決定的な変化の反応の表情を映していないのですよね。

暗闇の中でのそれぞれの顔が輪郭だけ見えるような美しい照明で撮られているのですが・・・多分これ、それぞれを別撮りで撮っています。だからそのかすかに見える表情に相互の「反応」は映っていなくて、映っているのは髪を掻き上げたり、カメラに背を向けて寝入ったり、無表情で静止していたり・・・それはそれぞれの俳優がそれぞれに練り上げた「演技」です。
もしカメラが人数分あって、同時に全員分のリアクションを撮影した、というのならリアルタイムに全員分の反応を撮影することも可能かなとも思ったのですが、ソヨンとヘジンの会話が切り返しになっています・・・となるとこれは別テイクの組み合わせでシーンが構成されてるなと。

ソン・ガンホが髪を掻き上げてため息をついたのは、実際にはもう少し後の時間ではないかと感じました。泣きそうになった彼が気持ちを切り替えるために髪を掻き上げてため息をついて「寝よう」と声をかけて横になる・・・という、心が動くまさにその時間の「反応」ではなく、心が動いたそのあとの時間を動作で表現した「演技」であるようにボクには見えたんです。

「反応」ではなく「演技」を撮影している・・・つまりここでは『万引き家族』や『誰も知らない』の時のように「その瞬間にしか撮れない俳優の生々しい反応」をカメラで執拗に追う、という作業をやっていないのだなと思いました。

次なるステップのための…

それでいうと今回の『ベイビー・ブローカー』は演技がわかりやすいというか、説明的な芝居が多く見られたと思います。
気まずい時に気まずそうな仕草や表情をするとか、なにかに気づいたとき気づいた!という表情やしぐさをするとか、記号的な芝居が多かった。韓国の演技でいうなら、韓国映画の演技というよりは韓国ドラマの演技に近い感じでしょうか。わかりやすく物語を伝えることを重視する演出だったのかなあと。

でも、わかりやすく物語を伝える・・・これってもしかして、もっとワールドワイドなマーケットで勝負することを視野に入れての動きなのかもしれないですよね。
ポン・ジュノ監督の初のワールドワイドな作品『スノー・ピアサー(2013)』もびっくりするくらい記号的で説明的な芝居でわかりやすく演じられていましたからねー。(あの映画もソン・ガンホはじめ豪華キャストでした。)で、あのステップあっての後の『パラサイト 半地下の家族』だったわけですから。

是枝監督もこの『ベイビー・ブローカー』を越えて、『パラサイト~』のようなワールドワイドな成功に向かうような、次なるステップのためのトランスフォームをしている最中なのかもしれません。

あー。

なんだか今回のこのブログ、好きだったインディーズバンドがメジャーデビューした時に「インディーズ時代の方が尖ってた」とか言うオールドファンのボヤキみたいですよね(笑)。

まとめましょう。
『ベイビー・ブローカー』は多くの観客の心にふれる素晴らしい映画だったと思います。ただ、演技愛好家の自分としては、芝居が安全運転的で予定調和的なものに見えたのが残念だったと。そういう超個人的な感想でしたw。

是枝裕和監督の次なるステップに大いに期待したい!と思います。

小林でび <でびノート☆彡>


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