空き缶100万個のメタモルフォーゼ
この写真に写っているのは鉄くずの山ではなく、北九州市立美術館の前に展示されている鉄鋼彫刻作品である。
以前から何度も目にしていたのだが、これまでどう見ても鉄くずを寄せ集めて積み重ねただけの塊にしか見えなかったため、あまり関心が持てなかった。
ところが先日すぐ近くにまで寄ってじっくりと眺めていると、何故かしら妙に見入ってしまうような不思議な魅力を感じてしまうことになる。
つまりこのオブジェは北九州市民による空き缶の回収というところから始まり、集まった100万個を八幡製鉄所の鉄鋼マンたちが溶解し加工して様々な形に仕上げ、最後にステラ氏が組み上げたという、多くの人々が参加したエネルギッシュなプロセスを経て完成に至ったものだった。
単なる鉄くずを拾い集めて乱暴に山積みにしたのではなく、廃棄物という原材料から新たな価値を生み出すという一種のサステナビリティの概念を先取りしたような発想から生まれた創作物である。
また一つ一つのパーツを見ていくと、どこを見ても同じような形状のものがない。つまりこれは鉄鋼マンたち自身が日頃培っていた、鉄の持つ可能性を遊び心をもって追求したものではないか。もしかしたら普段の仕事を終えた後の時間を使って作り続けたボランティア作品ではないかとも思う。
北九州は戦前から栄えた鉄鋼の街である。その市立美術館の玄関前に巨大な鉄鋼彫刻を据え置くというのはなかなか誇り高く、また鉄鋼マンたちの心意気がこもった未来志向的なアイデアだ。
空き缶という廃棄物をただ回収してリサイクルするだけの単調な流れではなく、多くの市民や企業と行政の人々を巻き込んでオリジナルな創造物へとメタモルフォーゼさせたこの実験的な取り組みは、この場限りのものでは決してなく、これからの未来を切り開くためのヒントをも含んでいるように感じる。
目の前に複雑に構築されたこのオブジェを見つめていると、今にもギシギシガチャガチャと動き出しそうな魔法のエネルギーを秘めているようにも感じる。
そのエネルギーの源泉とは、子供が積み木で遊んでいた時に誰もが持っていた、人間の中にある真剣な「遊び心」ではないかと思う。
もしかしたら人が寝静まった夜中に自ら動き出して街中を徘徊し、鉄製の廃棄物を飲み込んで少しずつ膨らんで帰ってくるというような想像もできる、見ていて楽しくなるオブジェだった。