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『盗聴(みみ)』(1)  レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第七話】盗聴(みみ)

 探偵として働き始め、神田駅前で事務所を持ったころ、不倫調査はほぼ百パーセント、妻からの依頼だった。依頼する妻の年齢は四十歳過ぎで、五十歳代、なかには六十歳ということもあった。
 妻からの依頼が圧倒的に多かったのは、妻のほうが、夫や家庭に対する執着が強かったからなのだろう。昭和三十年〜四十年ぐらいまで、既婚女性は離婚することを恥と考えるような社会風潮があった。加えて、離婚をすると、経済的に妻ひとりでは立ちゆかないという面も大きかったのだろう。それゆえ、妻は夫や家庭を大切にしていたし、夫が浮気すると、困って探偵社に駆け込んでくるというわけである。
 依頼する妻の年齢が高いのは、調査費用の問題もあったのだろう。調査費用については、後にもう少し詳しく説明するが、探偵社の調査は決して安くない。夫の収入が高い、あるいは親からの遺産が入った奥さんでないと、探偵社に夫の浮気調査は頼めないというのが実状なのである。
 こうした費用の問題はともかく、この十年か十五年ぐらいだろうか、夫が妻の浮気調査を依頼するケースがずいぶん増えている。
 なぜだろう、と私はときどき考えることがある。
「女性が強くなって、男が弱くなったから」
 こんな意見もよく聞く。確かにいまどきの奥さんは、バツイチになることなど気にせず、夫が浮気をすればさっさと別れる人が多い。別れても働くところはいくらでもあるし、夫に慰謝料を請求することもできる。さらに「強くなった女性」が、本来、男の領域であった酒、ギャンブル、そして異性交遊の分野まで進出してきたから、自然と浮気も増え、夫からの浮気調査依頼が多くなったとも考えられる。
 これは、私もある程度納得できる。
 ところが、もう一方の「男が弱くなった、軟弱になったから」夫からの調査依頼が多くなったのだという意見には、最近、ちょっと疑問を持つようになった。実は、四十代のころまで、私は自分の妻やガールフレンドの素行調査を依頼するような男は苦手というか、嫌いだった。育ったのは山口県だが、「もともとは九州男児」と自負する私は、女性のことでくよくよ思い悩むのは男らしくないと思っていたのだ。
 しかし、五十歳を越えたころから、私の心境に少しずつ変化が現れた。去ってゆく女性に「ふん、お前なんかに未練は無いぜ」と強がるのは、自分を偽っているのではないか。自分の弱さをとことん曝け出し、人にどう侮られようと、納得いくまで女の真意を探る。このほうが人間らしく、強いのではないか。自分が傷つくのを恐れ、「臭いものには蓋をする」ような生き方のほうが卑怯なのではないか——こう思うようになったのである。
 前置きが少し長くなったが、最近、ある夫から受けた「妻の浮気調査依頼」を報告してみたい。

(2)につづく

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