case1: 迷子になった "東京らしさ"
◾️ 事件の始まり
ある日、関西にいる友人から数年ぶりに連絡が来た。
「来週東京行くんだけど、久しぶりに会えないだろうか?」
予定などあるわけもないのだが、念のために事務所の依頼カレンダーを確認する。やはり、その日は朝から晩まで真っ白である。
いや、正しく言うならば、その日も真っ白である。
「せっかくだ。私が東京を案内しようか?」
あまり深く考えずに返信をした。
話しを聞くと、その友人は出張で東京に来るだけで特段行きたい場所があるわけでもない。かといって、東京に初めてくるわけでもないのでいわゆる観光名所は行ったことはあるようだ。
となると、困ったものである。
さてさて、私は、一体どこを案内すればいいのだろうか?
とりあえずスマホを取り出し、「東京 イベント」と検索をかけると数え切れないぐらい多種多様のイベントが並んでいる。
この中で行きたいイベントがあるか?と聞くのは簡単だが、流石にもてなす側の行動としては乱暴すぎる。仮にも企画探偵事務所を名乗っている身だ。
あいにく、まだ時間はある。太陽が出ているうちに干し草を作る方がいいのはわかってはいる…しかし、思考とは裏腹に私の右手はスッとスマホを机の上に置いたのだった。
しかし、その日から、1つの問いが私の頭から離れなくなってしまった…
東京らしさとはなんなのか?
そこで、ふと気づくのである、
この依頼がなかなかに手強い事件であるということに。
◾️ 東京はなんでも食べられるビュッフェのような街である
ビュッフェのワクワクは、いろんな料理が並んでいることで生まれる。
しかし、その中の1つしか食べられない…となると途端に魅力がなくなってしまう。
東京とはまさにそういう街なのではないだろうか?
食も、アートも、音楽も、エンタメも、ファッションも、建築も…なんでもある。
が、1つだけ切り取りなさいと言われるとどれも、はたしてこれを東京らし
さと言っていいのか不安になるものばかりなのだ。
「なんでもある」以外に、本当に東京らしさはないのだろうか?
我々は「東京らしさ」を見失ってしまったのかもしれない。
だが、悩んでいても仕方ない。
そこで、迷子になった東京らしさを探す旅に出ることにしたのだ。
いざ、オオカミの口の中へ。
◾️ 「なんでもある」の先にある個性
東京の個性を探すため、適当に街を歩いてみる。
なんせ、カレンダーは真っ白なので、時間はあるのだ。
面白い出会いは、予想もしてない街に転がっていた。
例えば、馬喰町。
正しい読み方すら怪しい駅の近くには、鳩時計しか置かない「鳩時計専門店」が。
国分寺には、見知らぬ人の手紙に返信を書くことで、コーヒーを奢ってもらえる不思議な喫茶店が。
浅草橋には、試着しながら店主と会話をしていたら3時間もの時間が一瞬で流れ去る洋服屋が。
猫をテーマにした作家だけが出店できるギャラリーが、根津には存在していた。
歩けば歩くだけ、興味深いお店が増えるのだ。
そこに、東京の個性と言えるものがあるのかもしれない。
キーワードは「 東京でしか出会えないお店」。
東京でしか出会えない、異国料理が食べられるお店。
東京でしか出会えない、こだわりの強すぎるアートギャラリー。
東京でしか出会えない、特殊なアイテムしか取り扱わない専門店。
東京でしか出会えない、変なシステムの喫茶店。
そんなお店が、至る所に潜んでいる。
それが、この街の一つの個性と言っていいのではないだろうか。
◾️ 自ら見つけた宝石の方が美しく輝く
街を歩き続けたおかげで、友人を連れて行きたい場所はいくつか見つかった。
しかし、ここで新たな疑問が浮かぶ。
私が見つけた「東京でしか出会えないお店」に連れていくので本当にいいのだろうか?
いいや、そんなわけはないのだ。
宝箱の場所を教えられた状態で始まる、宝探しが面白いわけがない。
自らの力で見つけたからこそ、その宝は光り輝くのだ。
せっかく見つけた場所を案内できないとなると…はたまた、どうすればいいのか。
そうだ、案内することをやめてしまおう。
彼と一緒にお店を見つける過程を楽しめばいいのだ。
そうなればあとは簡単だ。
一緒に楽しむツールを作ればいいだけなのだから。
◾️ 地図を作るのではなく、コンパスを作る
広い東京。適当に歩いているだけでは、なかなか「東京でしか出会えない店」には遭遇しない。
そこで、東京を歩くためのコンパスを作ることにした。
自分好みの、東京でしか出会えないお店に出会える確率を上げてくれるツールだ。
そういえば、彼は海外旅行が好きだった。
そして、東京には50を超える世界各国の料理専門店が潜んでいる。
最初に作るコンパスのテーマはすぐに決まった。
「東京にいながら世界を食べる」だ。
トルコ料理、オーストラリア料理、チェコ料理、ギリシャ料理
インドネシア料理、ポルトガル料理…
彼が選ぶ国は一体どの国なんだろう。
こうして生まれたのが、東京おでかけキットである。
◾️ 最初の事件は未解決
迷子になった「東京らしさ」探しは、見つける手法だけが見つかった状態だ。まだまだ、私たちが見つけていない「東京らしさ」が隠れているに違いない。
彼らはきっと、私たちに見つかる日を今か今かと待ち望んでいるはずだ。
最初の事件は、未解決。
まだまだ引き続き調査中である。
調査で我々も忙しくなるのかと思いきや…企画探偵事務所のカレンダーは今日も変わらず白いままである。
次はどんな事件が待っているのか…その依頼人はあなたかもしれない。
企画探偵事務所DEUS 所長 田中マキナ