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【小説】ゲット・ザ・シュガーライフ(1)
よくよく見てみるとかわいいな、こいつ。
塗装が剥げたDSの中で、たぬきの店主が甲斐甲斐しく歩き回っている。その顔は、少し同居人に似ている。
「たぬきち顔だ」
「え?」
側で寝転がっていた彼が起き上がる。聞き取れなかったみたいだけど、無視してゲームを続ける。
「……今日は何もないんだっけ?」
疑問形は、珍しい。
「ん」
「……そ」
私たちの毎日は、いつもこんな感じだ。一間の部屋に二人でこもって、夜には二人でバイトに向かう。
ごくたまに他の用事もつくるけど、それは、ただ不安を埋めたいだけ。
「どーせ何もないですよ」
「あー……散歩、でもしてきたら?」
「散歩?」
自分でも最低に不健康な生活してる癖に、突然何言い出すんだ?こいつ。
顔を覗き込むが、真意は読み取れない。
……何か……怪しい……。
「してくる」
「おお」
怪しいけど、挙動が怪しいのは昔からだ。
それに、問い詰めたってきっとボロは出さない。もし何か変なことしてたら、現行犯で取り押さえてやればいいのだ。
変なことって何なのか、具体的には想像もついてないけど。
「これ、セーブしといた方がいい?」
「あー……一応」
彼の目の前で上下を脱ぎ捨てて、狭くてぎゅうぎゅうのクローゼットを漁る。
彼は私の代わりにDSを操作している。
こっちを見るでも目をそらすでもなく、スルー。
これもいつも通り。
「じゃ」
速攻で準備した私に、彼は一言だけ。
「いってらっしゃい」
---
外に出ると、ごみごみした街並みが目に入る。
情報量が多い。雑多。私たちの部屋をそのまま拡大したみたいな世界。
どうしよ、と呟きかけたとき、スマホが震えた。
「夏美?」
高校時代、少しだけ親しかった友人。
電話がかかってくること自体珍しいのに、よりにもよってこのタイミング、この相手。
とんでもない確率だ。
私は通話ボタンにゆっくりと指を合わせながら、早くも。
(帰りたいなぁ……)
そう思った。
[続く]
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