創造を続けるためのネガティブ・ケイパビリティ(探究演習)
大学院で学ぶ「学習のデザイン」。これまでは授業で学んだことの紹介が主でしたが、春休みなので少しの間は、自分の研究テーマで調べたことの内容を、本などを中心に紹介していきます。
今回はネガティブ・ケイパビリティについてです。
ネガティブ・ケイパビリティとは
聞き慣れないこの言葉、「あいまいな状況にあっても対峙し続けて可能性を見つける力」つまりネガティブさを受け入れるスキル、といったような意味になります。
こちらの本に詳しく書かれています。
何かを創ろうとした人なら、産みの苦しみを味わったことがあるはずです。絵画・小説・作曲・創作ダンスなどの芸術的な活動だけでなく、地域のイベントや政策といったことにもあてはまります。
こういった活動は、やってみないとわからないし、思い通りにはいかないものです。加えて他人からは冷たい言葉を言われることもあったりします。
そんな時でも、逃げずに立ち向かっていくことが大事というのが、ネガティブ・ケイパビリティの考え方です。とても辛いことだし、続けていてもいつ抜け出せるかはわからないし、成功の保証もありません。ただ、新しいものごとを生み出すにはこの過程はスキップできません。必然です。
次に、このスキルを実践してきた3人を紹介します。
山下清
映画やドラマの裸の大将で知られる山下清ですが、画家としての彼の実績をちゃんと理解すると、だいぶ印象が変わります。
山下清は対人関係を苦手とする自閉症スペクトラム障害を抱えていましたが、突出した能力を発揮するサヴァン症候群を持つ人でもありました。緻密な制作に向き合う集中力や、見た風景に対する優れた記憶力を持ち、ちぎり絵などの数々の優れた作品があります。
周囲に馴染めずつらい時期を過ごしていた幼少期は、虫取りに熱中して絵やちぎり絵をつくっていました。
山下清がいた八幡学園という養護施設では「踏むな、育てよ、水そそげ」という理念を持っていました。短絡的な判断で決めつけるのではなく、時間をかけて丁寧に育てる、ということなのだと思います。
この理念がある環境だからこそ、山下清は作品づくりに没頭できて才能を開花させることができました。
昨年、タイミングよく美術展を見にいくことができました。
これを機に、興味を持った人がいれば、ぜひ調べてみてください。
池波正太郎
面白いと思ったやりとりを1つご紹介です。連載していた小説に対して、編集者(か記者?)がこんなことを質問したそうです。
それに対して池波正太郎は、こう答えました。
この回答をどう思いますか?人によっては「なんて適当なんだ、そんないい加減な創作をしてよいのか!」と怒ったかもしれません。
でも、創作とはそういうものだと思います。小説や漫画などでは、よく主人公が作家の手を離れて一人で動き出して物語が展開される、という話を聞きます。村上春樹もそのようなことを言っています。つまり作家自身もどうなるかわかっていない不確実な状況です。
ここで、せっかちに答えを求めるのではなく、不確実な状況の中に身を置いて、次の何かを楽しみながら見つけられることこそが、ネガティブ・ケイパビリティの態度なのだと思います。
メルケル首相
2021年までドイツの首相を務めたアンゲラ・メルケルは、人道主義を貫いた政策を打ち出し、高い評価を受けている政治家です。
メルケル元首相は、世の中の困難な状況に対して、寛容さ・忍耐・慈悲を持って取り組みました。原発の廃止、難民の受け入れ、近年では2020年のコロナウィルス感染対策に対する演説は多くの人の記憶に残りました。
では、ドナルド・トランプ元大統領はどうでしょう?比較すると、不寛容・熱狂をつくり感情的・支配的といったキーワードが想起されます。
つまり、トランプ元大統領はネガティブ・ケイパビリティに対峙できない人だといえます。曖昧な状況に我慢できず、拙速に結論を出してしまう。より砕けた言葉を使うと「すぐキレる人」です。
世の中は思い通りにいかないことばかりです。それに対してすぐにキレる判断や行動を繰り返してしまうと、他者への攻撃に向かいます。戦前の日本がまさにそんな状況だったと思います。いまは日本だけでなく世界的に不安に対峙できずすぐ解決しようとする傾向が選挙に現れているかもしれません。
他者ではなく自分と対峙するネガティブ・ケイパビリティを兼ね備えたメルケル元首相の振る舞いは、世界平和にとっても欠かせないスキルであるいえます。
ポジティブとネガティブの違い
あらためてネガティブ・ケイパビリティの定義を確認します。
一方で、対義語にあたるポジティブ・ケイパビリティは、わかりやすくいうと問題解決能力です。困ったときでも「何とかできる」と考える気持ちも大事です。デザイン思考はこのマインドなのだと思います。
でも、ポジティブだけでは創造性は身につきません。その場での解決に意識が向かうと、分かったつもりになろうと振る舞ってしまい、結果としてハウツーやマニュアルを求めることにつながります。
ポジティブに比べて暗く地味な印象があるネガティブ・ケイパビリティですが、何かを創造するうえでは欠かせない能力です。
学んだこと
学校の勉強の大部分は答えのある学習で、問題を解決していかに早くわかるようになるかが成績の優劣にも直結します。
でもこの学び方では、ネガティブ・ケイパビリティはなかなか身につきません。「なんでだろう?」や「うまくいかない」といったことは時間の無駄ではなく、それこそが学びにつながっていると考えることが大事ではないかと思います。
論理的に考えると見過ごされがちなこのネガティブ・ケイパビリティを、創造的な学習に不可欠なものとして、研究に活かしていきたいと思います。
今日はここまでです。