ヒューリスティック(近道思考):行動経済学とデザイン01
ことわざの『石橋を叩いて渡る』は、ヒューリスティックな思考を回避するためのことを、よく言い当てていると思います。
行動経済学の多くの本にヒューリスティックのことは載っていますが、ここでは細かく具体的に書かれていたこの本をもとに、自分なりの感想と整理した考えを紹介します。
思い違いの法則
レイ・ハーバード(著)、渡会圭子(訳)
合同出版 2012.04
ヒューリスティックとは
ヒューリスティック(Heuristic)の語源は、探し出したり、発見するのに役立つ、というギリシャ語です。行動経済学では "認知における経験則" という意味合いで使われ、経験によってある程度は答えを発見できる方法のことをいいます。長所と短所をそれぞれあげると、このようになります。
・長所:短時間で実施できること
・短所:ヌケモレや思い込みなどの落とし穴に気付きにくい
よく知られた例に『リンダ問題』というものがあります。まず、次のプロフィールを読んでみてください。
リンダは31歳、独身で社交的かつ聡明な女性である。大学では哲学を専攻し差別や社会正義などの問題に関心を持ち、反核運動のデモに参加していた。
そして選択肢をみると、多くの人はBの方を選ぶのだそう。
A. リンダは銀行員だ
B. リンダはフェニミズム運動に参加している銀行員だ
人は思い込み(バイアス)による解釈を無意識にしています。リンダは反核運動に参加はしていても、フェミニズム活動をしていた事実はないのに、人は勝手に2つを結びつけてしまっています。
このようにヒューリスティックは素早く判断ができる一方で、分析的な視点を見落としてしまいがちになります。
なぜ合理的に行動しないのか
専門家に限らず、人は日常的にヒューリスティックがはたらいています。ビジネスデザイナーの濱口さんの考えを引用して、ヒューリスティック=バイアス(思い込み)とすると、理解がしやすくなります。
例えば、階段を上り下りするとき「地面が動かない」というバイアス(思い込み)をもって人は行動しています。本当に動かない保証はないけれど、そんなこといちいち検証していたら生活できません。石橋を通るたびに壊れるかもしれないと思って毎回叩く人はほとんどいません。
このように、常識を疑うとすごい時間と労力がかかるため、人は日常生活を効率的に過ごすためにヒューリスティックを活用しています。
機械ならどんな小さなエラーでも見つけて処理を止めますが、人は無意識に排除していることが行動経済学ならではの特徴といえます。ちなみに現代のPCの処理はこのヒューリスティックを用いて短時間でエラーを見つけるようにプログラムされているとのことです。
書籍『思い違いの法則』では体・数字・意味のそれぞれで20の特徴を分類して紹介しています。不安だと坂道がいつもより急に見える、少ないものが欲しいものだと勘違いしてしまう、意味を結びつけて自分中心にものごとを考えてしまう、など面白い事例がたくさん載っています。
では、これをデザインにどう活用するか、3つほど考えてみます。
1. 新しいものほど慣れている使い方を
見たことのない新しい製品・サービス・仕組みに対して、多くの人はこれまでの経験則が通じないので、使い方に戸惑ってしまいがちです。
そこでヒューリスティックが活用できると考えます。例えば、ボタンやアイコンは従来の表現となるべく合わせたり(いまだに虫メガネが検索のアイコンになっているように)、何かの操作方法と基本一緒と思えるような手順にしてみたり。
新しいものほどこれまでの経験則が活かせるユーザーインターフェイスを取り入れるすることが大切です。iPhoneが登場したときの初期画面や操作は、ずいぶん経験則でわかるデザインがされていたように思います。
2. プロと素人の思考の切り替え
大胆なアイデアを考えようとするときは、ヒューリスティックが邪魔になります。経験則と常識で「こうだろう」と判断してしまうから。特に経験豊富な人ほど、ヒューリスティックに陥りやすくなります。
なので、そんなときは、意識的に素人になって常識から疑うこと、あるいは自分と違う領域や考え方の人をチームに入れて多様性のある環境をつくることが効果的です。一方で、開発段階のときは、ヒューリスティックの活用によって短期間で品質を高める機会が多くあります。
・イノベーション:ヒューリスティックを取り除く
・オペレーション:ヒューリスティックを活用する
いま自分が関わっているものがどちらかを見極めて、ヒューリスティックを使ったり取り除いたりする意識をコントロールできるスキルが大事だと考えます。
3. ありのままに感じるリサーチ
前に紹介したBIGの建築リサーチでは、無理に意味づけをせずに、現地を歩いて人と話をして気付きを得て、そこから建築の案につなげています。
ポイントは(誤ったデザイン思考と違うのは)、その場で無理やり意味づけをしないということです。ヒューリスティックによる思い込みで結論づけてしまうと、見落としがあったり他と同じような解決策になりがちです。
このリサーチは、ヒントを発見するためのものなので、なるべく専門性や経験則を取り除いて、ありのままに取り入れるような態度や心構えが必要だと考えます。BIGの取組みについてはこちらで数回に分けて書いています。
ちなみに、デザインリサーチに関わる人には "ヒューリスティック評価" を思い浮かべる人も多いはずです。これはデザインの専門性を持った人が現行の製品やサービスを評価して改善点を見つける方法です。
やはりこれも短時間で確度の高い気づきが発見できる一方、思い込みで判断してしまったり、革新的な解決策は出ないので、リサーチをする目的がどちらなのかを理解して使い分ける意識をしてみたいものです。
まとめ
以上、ヒューリスティックは、日本語だと『近道思考』という言い方がしっくりくるかと思います。
そして、ヒューリスティックを活用するには、は思い込みをうまく使ったり意識的に取り除くことが大事だと思います。心がけ的な内容が多いですが、仕事や課題のなかで機会があれば意識してみてください。
1. 新しいものほど慣れている使い方を
2. プロと素人の思考の切り替え
3. ありのままに感じるリサーチ
最後にヒューリスティックに関する参考文献とリンクを書いておきます。
・思い違いの法則
・行動経済学入門
・ファスト&スロー上
・Heuristic Traps in Recreational Avalanche Accidents, Ian McCammon
デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。