正常性バイアス(変化がキライ):行動経済学とデザイン33
現状を変えたくない思考のことを、正常性バイアスとか現状維持バイアスといいます。災害を例にこのメカニズムを整理してみます。
生き残る判断 生き残れない行動
アマンダ・リプリー(著)、岡真知子(訳)
筑摩書房 2019.01
人はなぜ逃げおくれるのか
広瀬弘忠
集英社 2004.01
正常性バイアスとは
警告があったにも関わらず行動を変えなかった結果、悲劇を招く事故は数多く起こっています。例えばこちらの例。
韓国の地下鉄火災(2003年)
放火犯により列車が火災したとき火を確認した乗客もいたが、車内放送で「しばらくお待ちください」というアナウンスに従い避難が遅れた結果、198人が犠牲となった。(ハンカチで手を抑えてた人がいた一方、じっと同じ姿勢をとり続けている人びともいた。
このように、人はある範囲までは異常があっても正常の範囲内として処理する、といった心のメカニズムのことを正常性バイアスといいます。
この背景には、日々の微細な変化にいちいち反応していたら疲れてしまうから、人の心はある程度鈍感にできているのだそうです。正常性バイアスで日々快適にすごせる分、非常時に対応は遅れます。
現在バイアスとの違い
以前紹介した『現在バイアス』と言葉が似ているので、今回の『正常化バイアス』の違いを整理しておこうと思います。
現在バイアス
現在を起点に目先の利益を優先してしまうこと。長期的な計画では将来性を重視するが、短期的な計画では目先の利益を優先する傾向がある。
正常化バイアス(現状維持バイアス)
過去→現在→未来が同一線上にあると考え、現状に対する変化を拒むこと。変化の兆しがあっても自分には関係ないと受け止める傾向がある。
やや似ている面もありますが、変化への対応という点が正常化バイアスでの注目点です。
何がブロックしているのか
変化が起きても行動に移さないのにはいくつか原因があります。
1つめは自分ごとに受け止めていないこと。自身の経験談でいうと、3.11の東日本大地震のとき、1回目の地震では僕は周囲の人と同じくオフィスの中にいたままでした。2回目の同じ規模の地震が来たときにはじめて、自分に差し迫る危機と自覚して行動に移せました。現実を受け止めるのに段階と時間を要することがわかります。
2つめは自信過剰に陥りがちなこと。過去、フィルモア地方では1ヶ月前の小さな洪水をもとに危険は低いと考え「大丈夫だろう」と高をくくっていたため、大洪水に対応できませんでした。
3つめは権威に従って視野狭窄や思考停止になってしまうこと。1970年代にイースタン航空では機長がライトがつかない原因を副操縦士に指示しているうちに高度が下がっていることに気づかず湿地帯に墜落しました。
権威についての説明はこちらを参考ください。
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正常性バイアスのリスクは災害だけではなく、ビジネスでも変化を拒んだ(または気づかない)ことで時代に取り残されたという現象は数多くあります。特に日本の大企業の多くの問題ともいえます。
ではデザインの視点から、どのようにすれば正常化バイアスを壊すことができるかを、以下の図をもとに考えてみます。
方法1. 端的に強く明確に示す
あいまいなメッセージだと人は動きません。このような例があります。
ビバリーヒルズ・サパークラブ火災(1977年)
「ボヤが発生しました。ここからだいぶ離れていますが、すぐに避難してください。」という曖昧な警告に対して、避難はゆっくりしたもので、中には酒を飲み続けている人もいた。結果、164人が逃げ遅れ死亡した。
どうしたら良いかわからない情報提供は、むしろ正常性バイアスを補強させることになりかねません。ハッキリと明確なメッセージにすべきです。デザインとは少し違いますが、トヨタ自動車の社長メッセージは明確です。
変化を促す時は、次のような言葉づかいを意識しましょう。
・端的か?(遠回しではない、決して短ければいいのではない)
・強いか?(ハッとさせられる)
・明確か?(何をすればいいかわかる)
方法2. 一瞬でわかるようにする
警告をしても、見た目が一緒だと行動までは変わりません。例えば室内であれば照明を切り替えてしまうなど、視覚的に明らかに変わることを示す必要があります。
実践では、スライドでこれまでと異なる色やトーンを用いて従来の延長ではないことを伝えるテクニックや、Before - After を一枚の絵で示すなどがあります。視覚以外でも音や温度など5感に訴える表現も効果的です。
こちらの緊急地震速報の音の開発秘話のインタビュー記事、参考になります。サウンドデザイナーが関わっています。
方法3. 先導する
ムーブメントをつくるには、最初のフォロワーが大事だといいます。有名なこの動画はそれを端的に示しています。
一人だけでは変化を動かせない、勇気あるフォロワーがつくことで変化は起こせます。サービスにおいてもフォロワーが手を上げやすい場の提供や、フォロワーの行動が他の人にも見える仕組みをデザインすることで、変化を手助けすることができます。
まとめ
人がリスクにどう対処するかが明らかになったのは実は最近で、行動経済学者のカーネマンとドヴァスキーによるヒューリスティックの研究成果によるおかげだということです。ビジネスで見られる正常性バイアスを壊す方法について、今後、行動経済学によって明らかになることが増えるのではないかと思います。
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ちなみに、映画ではよく警告に対して人々が慌てて逃げまといパニックになるシーンが描かれますが、実際は
災害に巻き込まれても、人はパニックにはならない
ということです。9.11のときでも生存者によると「誰もがとても落ち着いていた」といい、物静かで従順になるのだそうです。確かに自身の体験を思い返しても、明確なアナウンスや地震アラートでも人々は慌てて動かないし、動くときも極めて規律的に行動しています。
なので非常時はパニックを恐れずハッキリと警告をして、まず正常性バイアスを壊すことへ意識を傾けることが大切です。
デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。