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チート(みんな楽したい):行動経済学とデザイン30
人は本質的になまけもの。
こう考えてみると、開発側がこれまでユーザーに無理を強いてきたことに気づき、より簡単な製品やサービスをデザインするきっかけが生まれるかもしれません。今回はチート(怠ける)についてです。
行動を変えるデザイン
Stephen Wendel(著)、武山政直(監訳)
相島雅樹、反中望、松村草也(訳)
オライリー・ジャパン 2020.06
この本はデザインと行動経済学と結びつけた、僕のテーマにぴったりな本ですが、内容は実践のメソッドやプロセスについてが主です。僕は最初に書かれている『3つの戦略』に興味を持ちました。
ユーザーの行動を変え、実行を手助けする戦略が大きく3つある。うち2つは学術研究から導かれた戦略で、熟慮による行動と直感による行動の違いに基づいている。3つめの戦略はあまり着目されてこなかったが、非常に強力な、チートと呼ばれる戦略だ。
3つとはこちらです。チート戦略だけちょっと人間くさいです。
・チート戦略:楽をさせる
・習慣化戦略:習慣をつくる、変える
・意識化戦略:意識的な行動を助ける
チート戦略とは
チート(Cheat)とは日本語だと、ずるをする・だます・うまく逃れる、となり、人は2つの選択肢があったら楽な方(なまけられる方)を選ぶ、ということを意味しています。
例えば、カメラを例にとると3つはこのようになります。
・チート戦略:デフォルト設定、オート機能
・習慣化戦略:よく使う機能を選べる簡単なメニュー
・意識化戦略:マニュアル機能
怠惰の法則
noteのCXOである深津さんも、近しいことを以前から言っています。こちらのPodcastでのお話がすごくわかりやすいです。必聴。
深津さんによると、2つのテクノロジーがあったら人が楽できる方のテクノロジーの方が生き残る、といいます。例えば、
・通信手段:歩いて会いにいく → 手紙を郵送 → 電話 → メール → チャット
・自動車:マニュアル運転 → オートマチック運転 → 自動運転
・画面操作:ボタンたくさん → わずか3ステップで情報もシンプル
すごい技術よりもなまけられる技術、という点がポイントです。Podcastの言葉でいうと「ダメな人にやさしいテクノロジー」です。これに当てはめると、VRは頑張らないと使えないからまだ普及しない、一方zoom飲みは家にいてもできるから普及した、など。
ここからの学びは、人間はそんな生真面目な生き物ではないということです。でもビジネスではこの観点が抜けがちです。
ビジネスでチートを使うときのコツと注意
学校での成績が優秀だったビジネスマンが企画すると、ついユーザーも優秀で勤勉な人を思い込み「このくらいやってくれるに違いない」と考えてしまいがちです。例えば役所の書類など見れば、それがよく現れています。
対して近年、人気を集めているサービスはどれも楽チンでダメな人にやさしいものばかりです。iPhoneの直感的な操作性にはじまり、LINE、メルカリ、出前館やUber-eatsなどのサービスは、いずれも「楽チン」だから使われているものだといえます。
このあたりのギャップを経営者はもちろん、デザイナーもこれを理解して、がんばらなくていいデザインを提供できるかがカギです。
ただし注意が1つあります。ユーザーは楽チンなものに高額なお金を支払うわけではなく、あくまでも同じ価格帯の中で楽チンな方を選びます。
適切な例えではないかもですが、セグウェイやランドロイドなどは、楽チンにさせるための製品として高い注目を集めましたが、それに対し10倍のお金をかけるかというとそうではないと思います。
・・・・・
では、本書に書かれている分類から応用例を考えてみます。
応用1. デフォルトにする
はじめから設定されている状態。なるべくすぐに使えるように、ユーザーが余計だと感じるものは取り除いてしまうこと。
・新幹線の指定席:はじめから指定されてる(変えたい人だけ選び直す)
・カメラ:メニューを選ばずにONにしたらすぐ撮影できる
・入力フォーム:はじめからチェックボックスにチェックが入ってる
ただ、使い方によってはユーザーが望まないことを気付かせない悪用にもなりかねないので、あくまで楽チンかどうかの視点で考えましょう。
デフォルトの発展. 1やると10になる
何らかの操作が必要だったとしても、最小限にする努力のこと。
・キーボード入力:自動変換や予測変換(お→お世話になります)
・カメラ:半押しでピントを合わせる
・ホテルのルームカード:カードを抜くとすべての電気が消える
応用2. ついでにする
1つの行動をしている延長に別のことを提供する。
・ファミレス:食事したついでにアンケートに答えてもらう
・銀行:宝くじつきの定期預金(本書で紹介されてました)
・ログイン:入力ついでに他の設定もしてもらう
ついでの発展. ノリでやってもらう
人は気分がいいときは面倒臭がらずやってもらえる。
・ほめる → 次の操作を誘発する
・ブームに乗る → 自分で空気をつくらなくても輪に加われる
応用3. 繰り返す行動を自動化する
同じ操作なら人にやらせないようにする。
・運動系アプリ:活動データはが自動計測し記録される
・接続設定:一度つないだことがあるものは起動するだけでつながる
・パスワード:指紋認証や顔認証で自動入力
自動化の発展:クセが記録されている
一律ではなくその人にあった自動化だとサービスの質が高まる。
・炊飯器などの家電:前回の設定が残っていてすぐスタートできる
・健康診断:カルテをもとにアドバイスをする
・・・・・
以上、本書の分類をもとに、発展例も考えてみました。こうしてみると、楽チンになるためのヒントの多くはテクノロジーから得られる、ということに気づけます。が考え方はあくまでユーザーの体験、テクノロジーがそれに合うかどうかで、テクノロジー主導にならないようにしましょう。
最後に. 実は人は怠惰ではないかも?
テクノロジーによって人間がどんどん楽チンになると、堕落して何もしなくなるかというと、そんなことはないです。3つの進化が見られます。
1つ目は、人はその分野でこれまでの限界を越えようとします。例えばタイピングの技術が発達したことで、小説が分厚くなったり(文字量が爆発的に増えた)本以外にもいろんな媒体で文字が使われるようになりました。
2つ目は、人は他のことに頑張ろうとします。洗濯機が普及したことで、料理に時間を費やしたり、外で働くようになります。
3つ目は、面倒なものを愛そうという文化が生まれます。車が普及するとランニングが人気になったり、家電が普及するとキャンプが人気になったり、スマホが進化するとマニュアルカメラ愛好家が増えたり。この観点は『意味のイノベーション』にもつながると思います。
そうやって考えると、人は楽チンを求める一方で実はなまけ者ではないのかも?といった疑問も生まれてきます。人間って奥深い。
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