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システミックデザインで重要なのは「協働」「視覚化」「推論」である

システミックデザイン(Systemic Design)という言葉が日本でも広く聞かれるようになってきた。同時に、誤解が多いのも事実である。今後の健全な発展のためにもこのタイミングで、システミックデザインとは何か?わかりやすくその基本をまとめたい。

複雑な課題にアプローチするための手法

システミックデザインは、システミック(包括的)に対象とするものごとを捉える、関係的な視点に基づいたデザインアプローチである。ではなぜ関係的で包括的な視点に立ったデザインが重要視されているのか。それは、デザインが社会課題など複雑な問題に対する方法として期待されるようになってきたからである。全ての物事はつながっている。だから、全体のうちの一部分だけを取り出してそこにデザインによる「解決策」を提案してみても、全体への影響関係を理解していない限り、その「解決策」が果たして本当に効果的なのかどうか判断できないのである。もしかすると、良かれと思っておこなった課題への対処が、全体で見ると結果的に悪影響を及ぼしている可能性もある。(例えば、農作物をたくさん収穫したいと思って農薬を使用することで、結果的に人体や生態系へ悪影響を与えてしまった、というように。)つまり、可能な限り、広範囲にわたる影響関係や長期的な影響を考慮したうえで、デザインアプローチを考案すべきだ、という考えがシステミックデザインの背景にある。
 システミックデザインはよく「システム思考」と「デザイン思考」の融合であると言われる。では、両者の掛け合わせによって何か可能となっているのか。端的にいえば「システム思考」の力を使って複雑な影響関係を紐解き、「デザイン思考」の力を使って効果的な介入策を考案することができる。両者の強みを掛け合わせることで、これまで満足に扱うことができなかった複雑な課題にアプローチしようとしているのだ。

システミックデザインはどこから生まれたか?

Systemic Design Association

システミックデザインはヨーロッパを中心にその研究や活動が盛んである。その盛り上がりを支えているのが、システミックデザイン協会(Systemic Design Association)である。2018年に設立されたこの団体は、毎年システミックデザインの国際会議(The relating systems thinking & design symposium)を開催し、学術誌(The Journal of Systemic Design)も刊行するなど、国際的なシステミックデザインの研究や活動を支えている。さらに、イギリスでは国のデザイン振興団体である英国デザインカウンシルが2021年にシステミックデザインを進めるためのプロセスとその要件システミックデザインフレームワークを発表したことで、その認知はさらに高まった。ヨーロッパでは実践的な導入を進めるためのデザインツールも積極的に開発されており、システミックデザインツールキットはその代表であり、『システミックデザインの実践』として翻訳出版もされている。デザイン教育にも導入されており、オランダのデルフト工科大学には「 システミックデザインラボ (TU Delft, Systemic Design Lab)」が開設されいる。

ヨーロッパではおよそ10年間にわたり、システミックデザインへの注目が高まってきたが、システム思考やデザイン思考の発展を含めて考えれば、システミックデザインは決して短期間に生まれたものではない。

システム思考とは何か? なぜデザインと融合されるのか?

システム思考の源流となるシステムサイエンスは1930頃から発展してきた領域であり、それまでの科学が持つ要素に還元して物事を分析する方法ではなく、関係的な視点に基づいて物事を捉えようとしてきた。要素間の影響関係に着目し、部分ではなく総体として現象を把握しようとする。1950年代になるとコンピューター・シミュレーションがシステム分析に導入され、MITによりシステムダイナミクスと呼ばれる分野がつくられてきた。そして、システムサイエンスは、産業や都市開発へとその範囲を拡大していった。例えば、人口や食糧生産、工業といった地球環境に与える複雑な要素の相互影響関係を計算し、このままでは地球は限界を迎えることを警告した『成長の限界』もこのシステムダイナミクス研究に基づいている。

こうしたシステムサイエンスの流れを汲むのがシステム思考だ。ここでいうシステムとは、複数の要素が繋がり目的のために動作する一連のまとまりや仕組みである。『成長の限界』にも関わった、ドメラ・H・メドウズらによって、システム思考は複雑な社会課題を解決するための方法として発展した。貧困や気候変動をはじめとした複雑な社会課題へのアプローチとして、システム分析を用い、相互に関連する様々な要素をつなぎ、総体として問題を捉えることによって、表層的な課題ではなく根本的な構造へと働きかける手法を発展させてきた。
その入門書として『世界はシステムで動く』『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』などがまとめらている。システム思考では、レバレッジポイント(Leverage Point)を見極めることが重要であるとされる。レバレッジとは「テコの作用」を意味し、レバレッジポイントは「より少ないリソースでより大きく持続的な成果をもたらす介入場所」である。つまり、システム全体への波及効果を考えたうえで、最も効果的な介入場所を探るのである。つまり、システミックデザインにおいてはデザインの介入場所としてレバレッジポイントを探ることが非常に重要となる。

ドメラ・メドウズによるレバレッジポイントsource:MONASH University)

その発展経緯からもわかるように、システムサイエンスやシステム思考の得意とするのは、社会システム、技術システム、生命システムといった、複雑なシステムを把握することにある。しかし、システムサイエンスやシステム思考には、具体的にそれらのシステムにどのように介入し、どのように変革すべきか、という実践段階は不十分であると指摘されてきた。そこで、デザインとの融合が意味を成すことになる。『システムの科学(The Science of the Artificial)』で知られるハーバート・サイモンがデザインとは「現在の状態をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案する」行いである、と定義したように、デザインの強みは、現実社会への介入にある。デザイン思考は試行錯誤をもとに現時点で満足のいく介入策を検討し、それを具体的なモノや仕組みを介して実現していくことに長けている。こうして、システム思考とデザインの接点に新たな可能性が見出されているのである。

システムコンシャスなデザイン

英国デザインカウンシルは、2021年に発表したレポート「システム・シフティングデザイン(System-shifting design)」で、システミックデザインのなかには、システムコンシャス・デザイン(システムを意識したデザイン)とシステムシフティング・デザイン(システムの移行を目指すデザイン)があり、その二つを区別している。その違いに敏感になることはシステミックデザインを一歩進んで理解するためには重要だ。

よく誤解されるが、システミックデザインは、システムをデザインすることではない。システムエンジニアによってデザインされるシステムが代表的であるが、システムをデザインする場合にはデザイナーが扱う各部分とそれらの関係の仕方は計算しコントロールすることが可能である。そして、デザイナーはどこまでをデザインすべきかという領域が事前に与えられている。それに対して、システミックデザインが対象としているのは、社会課題に代表されるように、現象を起こしている要素やそれぞれの影響関係が不明瞭であることが多い。例えば、ホームレスの人が増加するという現象に対しては、雇用も教育も地域コミュニティも、多様な側面が実際に関り生じているのであり、デザイナーが対象とすべき領域を予め規定することはできず、技術的な要件だけでは解決することはできない。そのため、問題を引き起こしている背景を成している複雑な社会システムを可能な限り理解することが不可欠になるのである。(ハーバート・サイモンは、平和な人間社会を作り上げることよりも、月にロケットで人を送ることのほうが、範囲が限定された技術力のみが問われるため、単純であると述べている。)

つまりシステムコンシャスにデザインするとは、社会、経済、環境といったより大きな系にあたるシステムへの副次的、長期的な影響を十分に勘案したうえで、レバレッジポイントを見定め、デザインアプローチを導き出すものである。一般的に、システミックデザインと呼ばれる活動ではシステムコンシャスなデザインを指すことが多いだろう。

システムシフトへ向けたデザイン

その一方で、システムコンシャスなデザインだけでは不十分であると言われる。副次的・長期的なシステムへの悪影響を避け、既存のシステムの内部で円滑に機能することを求めるだけでなく、大小にかかわらずシステムそれ自体をデザインの対象としシステムをより良い状態へと変化させなくてはならないのだ。機能不全に陥ったシステムを長らえさせるのではなく、積極的にシステムそれ自体の移行を目指すべきであるとする態度である。この点において、システムコンシャスなデザインと、システムシフトへ向けたデザインとではその意図が大きく異なる。

システムを移行させるためには、効果的なレバレッジポイントを探し出すことが重要であるだけなく、対象とするのが大きなシステムであるほど、介入は一箇所ではなく、複数箇所から同時に働きかける必要性が出てくる。(これはポートフォリオアプローチと呼ばれる。)同様に、プロジェクトが次のプロジェクトを生むような創発的で循環的な態度が求められる。つまり、システムが動的であるため、短期間でのプロジェクト「完了」は想定しづらく、状況に応えるように次のデザイン介入が検討されるような、漸進的な方法が望ましい。同時に、システムをシフトさせるためには、より異なる分野の人々が共創的に関わる必要性が高まる。そのためシステム・シフティングデザインでは多様なステイクホルダーが関わり、有効な介入策を生む出すような多様なステイクホルダー間のコミュニケーションやトライアル、政治的関わりが必要とされる。

システミックデザインは「協働」により進められる

それでは、システミックデザインを進めるうえで基本的な方法はなんだろうか。
システミックデザインのプロセスは、
1)調査(関連する項目やデータを集める)
2)システムマッピング(項目やデータどうしの関連に着目し視覚化する)
3)介入策の検討(具体的な方策を定める)

といった一連の流れを持つことが一般的である。

このプロセスに一貫しているのは「協働」である。システミックデザインは、より多くの関係者が集まりそのプロセスを進めることが望ましい。システムは関連する他のシステムへと分野も階層も連なっていることが知られるように、分析的にシステムを見て、より根本的な介入策を立案し、効果的にそれを実行するためには、関連する他のシステムの一部として関わっている当事者たちが主体とならなければそれは叶わない。例えば、医療システムが抱える問題に取り組む際には、医者や看護師だけでなく、患者やその家族、行政の保健担当者、製薬会社、さらには病院の予約システムをはじめとした管理に携わる人や、地域で暮らす隣人もまた重要なステイクホルダーとなるだろう。課題の根本や思わぬ欠陥を知るのはシステムに関わる当事者であることも多い。そして、システムへの働きかけは複数箇所かつ長期間にわたることが多い。その働きかけを行うのは、そのシステムの内部の人々であり、デザイナーではないのである。あくまでシステムの内部からアプローチしなければ期待する成果は望めない。つまり、システムの一部を構成しているステイクホルダーの主体的関わりが重要となるのである。
そのために、システミックデザインのプロセスでは、全てのステイクホルダーが緊急性を持って自分ごととして解決を迫られているような、共通する課題から探るのが良いといえる。個人的な課題(ミクロ)と社会的な課題(メゾ・マクロ)とがひと続きのものとして把握されると、そのプロセスはスムーズになる。

システミックデザインは「視覚化」により行われる

The RE-AMP networkによるシステムマップ

システミックデザインは視覚化の力を最大限に使用している。(システミックデザインと聞いて、要素やステイクホルダー間の関係を示したダイアグラムを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。)因果ループ図がその代表であるが、その他にもソーシャルネットワーク分析、氷山モデルによるシステム階層のマッピングなど多くのツールがある。プロセスの各段階に応じた視覚化ツールがシステミックデザインツールキットにまとめられており、自由にダウンロードして使用することができる。
 視覚化することにはいくつもの利点がある。まず第一に、複雑さを管理することができることだ。状況を包括的に捉えることが重要であるが、無数に広がる関係を頭だけで把握することには限界がある。関係図やマッピングを通じて、効果的に視覚化することで、丁寧にシステムに内在する関係を探ることができる。そして、「レバレッジ・ポイント」として着目すべき点はどこにあるのか、どのような介入策が効果的かを導くことに繋がるのである。さらに、視覚化はより合理的な議論を生む。ダイアグラムを目の前にして参加者らが議論をすることで、一般的な参加型ワークショップで起こりがちである、声の大きい人や感情的な意見が通るということが少なくなる。ダイアグラムが一定の客観性を与えることに役立つからだ。ダイアグラムは、議論によって絶えず書き換えられる可能性を秘めており、決してある「事実」として固定化されたものではないことにも注意したい。

代表的なループ図などは、ある特定の課題に対して、関連するであろう情報が事前に集められ、一定のルールに従って分析的に作図が進められる。他方、ギガマッピングと呼ばれる、課題を事前に特性せずありとあらゆる関係性をマップとして盛り込んでいくことで、課題と課題を構成するシステムを明らかにしようとする、より探索的な方法もある。システミックデザインには決定的な視覚化のルールはない。そのため、プロジェクトに応じてどのような視覚化の方法をとるのか、その効果を見据えたうえで検討する必要がある。

システミックデザインは「推論」により進められる

他のデザイン方法と同様に、システミックデザインのプロセスを進めるのは、「推論」である。データさえあれば、介入策が導き出されるような公式はない。ましてやこの世界の全ての関係性やステイクホルダーを網羅することは不可能である。どの関係性に着目し、どのステイクホルダーと、どのような介入を行うのかを決めていくのは、デザインが得意とする「推論」によって行われる。視覚化されたマップを前に、議論を重ね、理想的な状態を思い描くことにより、その理想を達成するための手段が検討できる。一旦、その手段が見えてくれば、プロトタイピングの手法を使い、具現化したり試してみることで精緻化できる。課題の根本はどこか?システム図は何を示唆しているのか?もしも、こういうモノや仕組みがあれば、この理想の状態は達成できるのではないか?という仮説をつくるのである。言い換えれば、システミックデザインはあくまで「デザイン」の手法であって、これまでのデザイン手法から全く離れたものではない。これまで、推論的に物事を見てアイデアを練ってきたデザイナーにとっては利用しやすい方法だとも言える。

さらにシステミックデザインを学び、実践するための資料

システミックデザインはシステム思考を援用し、これまでデザインが方法として蓄えてきた「協働」「視覚化」「推論」の方法を使うことで、複雑な対象に対してアプローチしようとするものである。
システミックデザインは、概念的な理論や他の現場への応用が難しい実例報告に留まらず、そのツールや方法的な枠組が整えられてきたことが一つの魅力だ。そのおかげで、誰もがアクセスし試してみることができる状況にある。以下の資料は今後、システミックデザインを学び実践するために役立つ。

システミックデザインを学び、使うためのリソース集


Designrethinkersではシステミックデザインに関わる取り組みを進めている。これらの資料もぜひ参照してほしい。


(文:水内智英)


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