「デザインミュージアムをつくろう!キックオフ公開会議」議事録②
開催日:2019年11月16日(土)
「みんなでつくるデザインミュージアム」。三宅一生さん、青柳正規さんが2012年に提唱した精神を受け継ぐ「デザインミュージアムをつくろう準備室」の公開会議vol.03は、規模を拡大。グラフィックデザイナーの佐藤卓と建築家の田根剛による基調トーク「なぜデザインミュージアムが日本に必要か?」に始まり、香港でオープン準備中のデザインミュージアム「M+」のデザイン&建築 リード・キュレーターである横山いくこ、文化庁の林保太、田根剛と齋藤精一によるラウンドテーブルトーク1「デザインミュージアムは何をすべきか」、そしてラウンドテーブルトーク2では「こんなデザインミュージアムをつくりたい〜参加者の声を聞きながら〜」と題して、インターフェースデザイナーの中村勇吾、グラフィックデザイナーの色部義昭、日本デザイン振興会の矢島進二、ファシリテーター川村真司により、日本に必要なのはどんなかたちのデザインミュージアムなのかを探ります。
ラウンドテーブルトーク1
「デザインミュージアムは何をすべきか」
登壇者:
横山いくこ(M+デザイン&建築 リード・キュレーター)
林保太(文化庁 文化経済・国際課 課長補佐)
田根 剛(建築家)
ファシリテーター:齋藤精一(クリエイティブディレクター)
edit & text : 上條桂子(編集者)
photo : らくだ
齋藤精一
横山いくこさん、田根剛さん、林保太さん、よろしくお願いします。まずは、横山いくこさんに香港での活動をお話いただきたいと思います。
横山いくこ
香港でいまオープン準備中の「M+(エムプラス)」のリードキュレーターでデザインと建築チームのリーダーをしております横山いくこと申します。私の意見としては、私がいまかかわっているような大きなプロジェクトは、日本には向いていないと思っていて。というのも、M+は、パブリック・コレクションとアーカイブとラーニング機能を設けた、いわゆる20世紀型の大型美術館だからです。そうした美術館を公立で、建物も新しくつくって、エデュケーショナル機能もつけて作るのはどういうことかということを少しお話できればと思います。
スイスのヘルツォーク&ド・ムーロンという建築家が6名の指名コンペで勝ち、現在建物を建築中です。香港の九龍地区の手前から西側の水辺のエリア40ヘクタールの埋め立て地に、西九文化区(West Kowloon Cultural District)という名で文化施設や商業施設を開発中です。開発計画が出たのは2000年くらい。香港のこの地区は、世界で一番土地代が高い場所の一つですが、当時はまだ経済がよかった時なので金融都市を作ろうとか計画がありました。でも、市民からの大反対に遭います。市民のためのノンプロフィットな場所が必要だと大抗議が起こりまして、一度話は白紙に戻ってしまいます。そこで市民の意見を集め、香港政府がお金を出して文化政策地区にしようと決まりました。本格的な案が固まったのが2008年です。建築事務所のノーマン・フォスターが勝ち取ったマスタープランで、商業施設と文化施設が入り、日本円だと約3千億円が政府から出て施設をつくる。そして、商業施設の収入によって全体をまわしていくというものです。
M+の延床面積は6万6千平米です。比較をしますと、東京ドームの約1.5倍、ニューヨークのMoMAやロンドンのテート・モダンとかと同じくらいのサイズの美術館となります。キュラトリアルチームが80人くらいいるのですが、その3分の1くらいはラーニングのキュレーターになっています。M+のミッションは、20世紀以降のヴィジュアル・カルチャー、つまりアート、デザイン、建築、映像などを学際的に収集すること。そして、香港という地の利を活かし、アジアの各地をつなぐハブとなるような場所を目指しています。
2012年から収集が始まったM+のコレクションは2018年時点での数は4852点。M+シグ・コレクションという現代中国アート世界有数のコレクターであるウリ・シグさんから寄託されたコレクションが1510点、アーカイブ資料などが3万点以上。このうち70%がドネーションになります。収蔵予算は、香港ドルで17億ドル(日本円230億円)です。
齋藤
ありがとうございました。僕が事件だなと思ったのが、倉俣史朗さんが設計した寿司屋「きよ友」です。新橋にあった寿司屋なのですが、M+のコレクションにするというので移築が決まったんですよね。その時に香港と日本の間で会話がなかったのかということが気になりました。
林
そういう会話はなかったですね。
横山
私はM+に入って4年になるんですが、その前はM+が日本のデザインや建築を買い漁っているなんていう噂はよく聞きましたね。ただ、M+は全部を買い漁っているわけではありません。アジアの20世紀以降の、トランスナショナルなデザイン、建築、映像作品とそれを繋いだ物語が収蔵対象なので、いわゆる日本の著名な作品を軸に取集しているわけではありません。アジアを俯瞰した美術やデザイン&建築については、これまできちんと研究されてきておらず、デザインや建築に関してはものすごい勢いで消えてしまっているという現状があって。それをまとめておこうというのがひとつ。
「きよ友」については、倉俣史朗さんの作品を全部買おうと思っているわけではなくて、あのお店が取り壊されてしまうかもしれないので、収蔵してはどうかというお話をいただいたからです。倉俣史郎さんの作品は世界中の美術館にあるのですが、それはほとんどが家具しか収蔵されていません。実は、倉俣さんは空間から始まったデザイナーなのに、空間の仕事となると所蔵しているところがない。なので、いま救わないとこれから倉俣を研究する人たちのための資料がなくなってしまう。そういう意味では日本国内に残す、残さないということより、倉又史朗の解釈の方法を残すための協力体制っていうつもりでやっています。
同じような話で、イギリスの建築家集団アーキグラムはほぼ全部の作品を収蔵したのですが、収蔵が決まった後、一度イギリスのアートカウンシルの意向で税関で止められてしまったんです。国の宝を持ち出すなという話で。アーキグラムの作品というのは、量が膨大過ぎて何十年も買う人や美術館がいなかった。彼らもイギリスに残してもしょうがないと思っていて、これから建物がどんどん建っていくアジアで重要な意味を持つから研究材料として使って欲しいということで、最終的に許可が下りました。
齋藤
ありがとうございました。日本の動きとしては、文化立国ということを言い出したり、クールジャパンだけではなく文化を根付かせていくという向きがあるような気もしますが、デザインのアーカイブへの関心というのはどうですか?
林
まだそこまで進歩的にはなっていません。今まで日本は経済成長段階にあったので経済的な余裕もあったけれど、いよいよそれがなくなってきた。その時に新たな財源をどうサステインするのかが問題意識として高まってきているというのは確かです。ただ、コレクションとかアーカイブがなぜ重要なのかという認識はまだまだ低い。建築なんかはゼロに近い。
横山
池之端に国立近現代建築資料館があるじゃないですか。でも、あそこの資料館はプリツカー賞を獲った人に始まり、大スターの平面のものしか収蔵されていない。今後、日本デザインミュージアムをやるとしても、何を収蔵するのかという基準が重要ですよね。
齋藤
アーカイブという視点では変えていかなきゃいけない部分があって。例えば、建築の実作でいくと「中銀カプセルタワー」とかもそうですが、世界的に評価が高いのに取り壊されてしまいそうなものがたくさんあります。それも含めて文化財とは何かというラベル付けをすることが必要かと。でも、重文(重要文化財)になってしまうと、触れないし穴も開けられなくなってしまう。アーカイブということなのか、残して活用するということなのかはありますが、どこにもオリジナルがないという状態を回避する方法を全体的に考えていかなきゃいけないなと思っています。
田根
資料というと図面とか模型と思われるかもしれませんが、実際の建物があるかどうかって非常に重要だと思います。また、建物が残されていたとしても、入れないとか使えなければ同じこと。日本で問題だなと思うのは、建築を資産価値でしか見ていないことだと思います。だから、建築が建った時点が一番高値で、その後資産価値が落ちるという考え方になり、年数が経つと壊されてしまう。ヨーロッパでは、建築は文化の財産という考え方です。そこから変えていかなきゃいけないなと思います。
林
おっしゃるとおりです。日本は、文化資産をストックとして捉える考え方が弱く、基本的にフローでしか見ていない。資産というものは償却していくという考え方です。このことは美術の分野でも取り組んでいるのですが、国富という考え方がありますよね。国の資産。日本での純粋な国富統計は、1970年に算出されたのが最後なんですが、実はそこには文化財が入っていないんです。その考え方をやり直して、文化的な資産を価値に転換していく、ということが必要だと思います。
齋藤
建物に関しては、そういうラベル付けでだいぶ変わりますよね。重文とか国宝になってしまうと、経済の輪から外れて財産としては使えなくなる。でも、パリとかではそこで商業が行われていたり、宿泊施設になっていたりという建物もあります。国としての制度で変わることもたくさんある。
林
今の制度だと文化財に指定されると資産価値がなくなってしまう。だから税金をまけてあげましょうという感じなんですよね。そこを変えていく必要があると思います。
横山
アジアや世界と比べると、まだ日本はいい建築が残っている方だと思います。例えば近代建築とかはDOCOMOMOで選定されたりしている。でも、先ほどの「きよ友」のような商業空間は回転が早いものなので、デザインの歴史として残らず、消費されすぐになくなってしまう。
田根
耐震の問題とかもあるんだと思います。補強すれば直せるのに、現行の見積システムでいくと不確定要素が多すぎて絶対に高くなる。だったら不安だから壊して新しいものを作ったほうがいい方がいいって話になっちゃう。
齋藤
建築の話だと、何時間でも話ができるんですが、デザインミュージアムでなにをすべきかという話に話を戻したい。M+では美術もデザインも含めて数千点のアーカイブがあるとおっしゃっていましたが、仕組みとかそういうものをアーカイブするとか、データベースをつくろうという動きはあるんですか?
横山
あります。私たちは、有名な建築家、有名なデザイナーということではなく、ナラティブ(物語)をつむいでいくようなかたちで集めていきます。
例えば、「戦後香港の建築とアーバニズム」というテーマでは、植民地時代からの香港という土地の成り立ちを提示する香港の建築の図面、模型、マスタープランはもちろんですが、写真や「Sleeping Dogs香港秘密警察」という香港の町を舞台にしたビデオゲームなどの収蔵も検討しています。何故かというと、現実のハイ&ローが混在する香港という街は、数々のSF作品やゲームの中で未来的かつ悪い都市として描かれていることが多いのです。普段は安全な場所なんですけども。このように、建築を語る上で実物や図面や模型は重要ではあるのですが、香港という都市のストーリーを伝えるためには二次的な作品や資料も収集の対象にしています。
「中国建築」というテーマでは、プロパガンダに使用されたカレンダーの写真を収蔵しました。中国の軍拡時代は全部が政府の建物なので、建築資料とか模型を収蔵することができません。当時、どれだけ建物が権威的に大きいかを示す為のポスターやカレンダーを中国政府は市民に配布していました。建築そのものは収蔵できなくても、建築が私たちの生活にどう関わっていたかというドキュメンテーションをすることが重要だと考えるひとつの例です。
齋藤
そうなったときに圧倒的に重要なのがキュレーターの人たちの目ですよね。このプロジェクトにも、いまの時代ならどういうものをアーカイブすべきかということを判断していく、目利きになる人が圧倒的に必要なのかなと思います。
田根
フランスって文化政策がうまいんです。何故優れているかというと、もともとフランスの土壌は外から持ち込まれたものが多い、それを自国のものとしてブランド化していくかという戦略性が非常に優れている。その時には世界を俯瞰する姿勢も重要で、隣国から見た時、地球規模で考えた時、歴史軸で見た時の自国の見え方についてすごく意識的。日本にもそれが必要なのかもしれませんね。
林
確かにそうですね。日本では新しいものを文化としてきちんと国の歴史に組み込んでいこうと本気で取り組む人が少な過ぎるんです。というか、いないに等しい。そうしたことを企画立案する政策官庁が本来は文化庁なわけですが、プレイヤーが少な過ぎる。そこを変えて、目利きの集団をつくらないと辛いなと現場としては思います。
齋藤
時間がなくなってきましたので、そろそろ話のまとめに入りたいと思うのですが、ここから半分ブレストみたいになっちゃうんですけど。とはいえこの議論を続けていってもダメなので、一番最初に今日の明日にでもできることを考えていきたいなと思っていて。ひとつは、以前から何度かお話していますがデータベースをつくることはすぐにでもできることなのではないかと。そうした明日からでも実践できそうなプランは他にないでしょうか?
田根
まずはたくさん声を上げるということが大事ですよね。そこからできることをピックアップできればと思う。例えば、これもデザインじゃないかというものをデータベース上で集めるというのは手ですよね。とにかくたくさん集めて、そこから吟味していくという。
齋藤
林さんはいかがですか? 一つは文化庁の傘下に入ったという科博(科学博物館)も考えられるかなと思います。あれだけアーカイブを持っているところは強いなと思っていますが。
林
科博が扱っている産業技術史の部分はデザインミュージアムと非常に親和性が高いと思いますが、まだまだこれからですね。一方で、日本全国に在るミュージアムのコレクションをデザインの視点で捉え直す、ということがあり得ると思います。今回デザインミュージアムをつくろうとしている組織が法人化されたということですが、例えばそのチームで地方のミュージアムのコンサルティングをするとか、そういうワーキンググループをつくるということも考えられると思います。
田根
100人のデザイナーが100個集めたら1万個のコレクションになりますよね。「M+」は、20世紀以降のアジアのヴィジュアルアートということで決まっているのでどんどんコレクションが進められると思うのですが、まずは、そのデザインの定義や切り口というものをとにかく集める。そういうところからスタートが切れるかなと思います。
横山
おっしゃる通りですね。ミュージアムをつくる時は、何をするにせよ絶対にキュレーションしなければなりません。定義というか、人のため社会のため未来のためという、ミュージアムミッションをつくっていくためのルールというか。「M+」の場合は、それがまったくなかったので逆に描きやすかったんです。でも、先ほどから皆さんがおっしゃっているように、日本には大量にそのヒントがちらばっているということがわかる。また、保存するとは言っても死蔵するのではなくて、これから未来の人たちが使えなければ意味がありません。先ほど田根さんがおっしゃった「アイデアミュージアム」というプランでは、時間軸やジャンルの飛び越え方の例になっていてとても面白いんですが、そうしたプランを考えていくのは第二段階なのかなという気もします。
齋藤
なるほど。明日からのアクションプランとして、例えば「100人100個のアイデアを集めてください」という投稿フォームをつくってデータベース化するということ、ひとつ考えられますよね。また、企業にあるデザインアーカイブのデータベースを共有するようなこともやりたいです。例えば、京都の工芸繊維大学とかは相当アーカイブがしっかりしていて、いいちこのポスターを全部持っているとか。他にはモリサワさんや資生堂さんには田中一光のポスターが収蔵されているとか。これから企業が100周年を迎えるところも増えてきて、そうするとアーカイブに注目が集まるような気もします。それを皆さんの力でデータベース化するというのは、できそうな気がします。ただ、そうなった時の財源はどこなのか。M+はドネーションの割合が高いですよね?
横山
人件費などは全部政府の予算です。現在の収蔵予算だけで長期的に収蔵を行うことはできませんから、ドネーションや、頼れるパトロン・プログラムを作っていますし、これからはキュレーターのスポンサーシップも始まります。海外のミュージアムでは企業がキュレーターの雇用をスポンサードするという動きも出ていますね。デザインミュージアムではそうした動きもできるのではないかと思います。
齋藤
息切れをしないような財源の確保の仕方。国は日本博とか文化に対して投資をしてくれてますが、伴走終了すると独り立ちできないというパターンがある。そこの仕組みも考えていかないと。
林
その際に可視化は必ず必要だと思います。どんな分野にもデザインという切り口があるということは、誰もが考えていることなんですが、具体的にはイメージできていない。ミュージアム自体で収益構造を考えていくことも重要なんですが、データベースやアーカイブというのはビジネスだけでは厳しい。それは国としてやっていかねばならないという声を大きくしていくのは、やはり重要です。
齋藤
そうですよね。議論ばっかりしていくと息切れしていくので、この数階のトークなどでつながったパワーで自分たちでできることは実装しながら、やっていきたいです。まずはアクションしていくことかなと思います。
開催概要
「日本にデザインミュージアムをつくろう準備室vol.2」
日時:2019年11月16日(土)14:30〜19:00
場所:虎ノ門ヒルズフォーラム ホールB
イベント協力:有友賢治、河村和也、山下公彦(TYO.inc)
✳︎次回開催のお知らせなどはこちら
→公式WEB http://designmuseum.jp
→Twitter https://twitter.com/designmuseum_jp