幸せを呼ぶ「遊び心のあるデザイン」|前編:なくても困らないがあると嬉しいもの
このパンのデザインが、何を意味しているかわかるだろうか?
スペインのデザイン系の大学Cardenal Herrera Universityの学生を対象に2009年に行われた、日々の気づきをパンで表現することを目的としたワークショップ「Our Daily Bread」の作品の一つである。スペイン語でもぐもぐを意味する「Ñam!」と命名されたこのバゲットには、たんこぶが付いている。 お使いを頼まれた子供が、帰り道で我慢できずに買ったパンをちょっと齧ってしまうあるあるな習性に着眼し、あらかじめ「つまみ食い用」のパーツを付けたのである。わたしはこのデザインが、甚く気に入っている。市場性や採算性がどうのといったビジネス起点ではない学生さんならではの素朴な発想に心洗われる思いがする。
別になくても機能的な支障はなく、ある意味「余計なこと」だが、あると嬉しい「遊び心」のあるデザイン。近年は、デザインにもマーケティング思考が求められ、デザイナーとの共通言語を持たない経営者や技術者らにも説明が付く、論理的で理性的な発想や表現が歓迎されるようになった。それと引き換えに、デザインの本来の持ち味である感性価値が疎かになりつつある。 失われつつあるその価値はつまり、人々の感情に訴える「面白み」のことである。理屈で考えると不要なことが、実際にはユーザーにとっては意味のあるものだったりする。
この「遊び心のあるデザイン」、実は日本人が得意とするところではないかと考える。頼まれていないことまでついつい手が滑ってやってしまう職人気質と言うか、「茶目っ気」みたいなものがあるような気がするからだ。歴史を遡ると、京都の西本願寺の「埋め木」のデザインが、まさにそうである。御影堂と阿弥陀堂の廊下の木の節や割れ目の修復時に用いる埋め木に職人がこっそり忍ばせた「遊び心」である。
富士山やなすびなどの縁起物をモチーフにした埋め木の造形。仕事上、感覚的なことを受け付けない職種の方々も、これを見たら思わずぐっと来てしまうのではないだろうか。「遊び心」のデザインは、必要な無駄である。それがわたしたちの心に潤いを与えてくれる点で、ウェルビーイングに欠かせない要素である。
今回は、この「遊び心のあるデザイン」について語りたい。2回に分けてお話しする。前編では、「なくても困らないがあると嬉しいもの」を採り上げる。以下の2つの切り口で、事例を挙げて考察する。
① デザイナーのいたずら
② 使う喜びになるサプライズ
① デザイナーのいたずら
サントリーのデザイン部のインスタグラムは、楽しそうなデザイン過程やその光景が見られるので、時々思い出してチェックしている。先日、数カ月ぶりにアクセスして、この投稿画像に思わず目が入ってしまった。
伊右衛門ホットのラベルの剥がし口。「亀を踏み台にしてラベルを剥がす鶴の絵」が、さりげなく描かれている。これは気がづかなかった!さっそく近くのコンビニで実物を確認してみると…
確かにあるっ!さらに、旧パッケージデザインの伊右衛門ほっとにも「遊び心」が隠されていることが判明。
何本かに一本、ラベルの湯呑の絵に「茶柱」があるとのこと。前情報なしでこれに気づいた人はいるのだろうか!? 間違い探しレベルの難易度の高さだ(尊い)。
2020年に発売されたソニー・プレイステーション5のシボのデザインは、さらにマニアックだ。
シボとは、プラスチックの表面をザラッとした質感にするために成形時に設ける凹凸のことで、通常は粒状に加工する。プレステ5ではこの極小のつぶつぶを何と、同製品のコントローラーのボタンのマークでブランドのトレードマークでもある「△◯✕❒」にしているのだ。
それだけではない(それだけでも十分超人的だが)。パーツの取り付け位置の目印も△◯✕□にするという、遊び心への執念も感じさせるこだわりぶりだ。
このシボ情報の参考にさせていただいたThe Vergeの記事のタイトルが、”How SONY designed the PS5’s ultimate Easter Egg”(ソニーはどうやってPS5の究極のイースターエッグをデザインしたのか)。「イースターエッグ」は、キリストの復活祭であるイースターの日に子供たちが行うエッグハントの遊びの卵で、その意味にちなんだIT用語でもある。ソフトウェア開発者がこっそり隠し機能やメッセージを忍ばせることを指すのだが、こうしてハードウェアのデザインでも行われているのだ。
2017年に発売されたニンテンドースイッチProコントローラーにも隠しメッセージが仕込まれている。右のスティックを下に倒すと…
内側に“THX2 ALLGAMEFANS!”のメッセージがチラ見えする。
基盤に印刷されているようで、これがスティック部の隙間から見えるか見えないかのところに位置調整するのにも労力を要したのではないか。気づかれないままで終わる可能性も高いマニアックな事例だが、その分、気づいた時は喜びもひとしおだろう。
② 使う喜びになるサプライズ
遊び心のあるデザインには、隠す/忍ばせる以外に「驚かす」ことで使う人を楽しませる表現もある。思いがけない形や動きを見せる仕掛けだ。
日用品メーカーのライオンは、2009年にキレイキレイのハンドソープ用の「かわいい泡がつくれる泡メイクアップ」を展開した。このキャップを付けてポンプを押すと、泡が花やクマの顔の形をして出てくる。子供の手洗いを促す遊びの要素で、当時そういうものが存在しなかったので面白いと思った。実はわたしもこのキャップを持っていて、その楽しさを体験している。手洗いという毎日当たり前に行うべき行為を少し楽しくしてくれる発想は、その10年後のパンデミックを経験した今はなおさら良い考えだなと改めて思う。
2019年に発売された花王のビオレUザボディは、泡剤がケーキのホイップクリームのような形でポンプから出る設計にしている。泡のきめ細やかさと持続性を表すためと思われるが、日本のメーカーさんは本当に芸が細かい。お風呂も手洗い同様に疲れた時にはパスされがちだが、そういう場面こそ、こうしたちょっとした遊びの要素が動機付けになりそうだ。
ここまでの事例はすべて日本企業によるものだが、海外にも遊び心のあるデザインはもちろんある。ハンドソープの泡の形で手洗いを楽しくするように、ドイツの水栓金具メーカーHansgroheがラグジュアリーブランドAXORから2014年に発売した「STARCK V」も手洗いや洗顔タイムをエモーショナルにする仕掛けがされている。
水栓金具をクリスタルガラスにして、蛇口を捻って水が出るまでに水が渦を巻く様子が見えるようにしたデザイン。フランス人の大御所デザイナー、フィリップ・スタルク氏が設計した、「優美な遊び心」のデザインだ。水のせせらぎには、1/fゆらぎと言われるリラックス効果があり、聴覚だけではなく視覚からもその効果が得られるそうなので、この水栓金具も心を落ち着かせる効力がありそうだ。今まで見えなかったところで起きている水の動きを見せるというのは、なかなか思い付かない発想である。ガラス部分は着脱可能で洗浄できるという実用性を備えている点も配慮が行き届いていて素晴らしい。
大事にしたいデザイナーの茶目っ気、遊び心はユーザーへのメッセージ
こうして書いていて気づいたのだが、遊び心は「心のゆとり」なのかもしれない。
スケジュールに追われてゲロゲロになりつつも、いたずら心が働いてデザインで遊んでみたくなる心理は、わたしも一応デザイナー経験があるのでよく分かる。また、その場面を想像すると微笑ましく思う。
近年のデザインに遊び心が欠如していると感じるのは、作り手の心に余裕がなくなっているからなのか。いやきっと、効率性や合理性を求められ、頭の中の引き出しの奥に仕舞い込んでしまっているのだろう。
遊び心のあるデザインは、それを思い付いた人たちからユーザーへのメッセージである。 もし皆さんが、遊び心のあるデザインに遭遇し、「何これ、凄い!」と感心したら想像してみて欲しい。彼らがほくそ笑んでいるところを。。
次回の後編、遊び心のあるデザインで「意外と便利なもの」につづく。。
NewsPicksトピックス 2023.8.18掲載記事より転載(筆者:本人)
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