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「バーチャル」から発想する次世代の「リアル」なデザイン|前編:メタバース(的な)体験をリアルで再現

村上春樹氏の長編小説を舞台化した「ねじまき鳥クロニクル」を観劇した。飼い猫と妻の失踪を機に主人公が不思議な人物や奇妙な出来事に遭遇し、現実世界と仮想世界(深層心理)を往来しながら、それまで知らずにいた妻が抱える心の闇や背後にある悪と対峙し、同時に自分自身とも対峙しながら妻を取り戻すために奮闘する物語だ。

出典:https://youtu.be/Zo0ACNtIxMk?si=D697aeRevYQaass3

主人公と妻との対話シーンでは、テーブルが左右に伸びていくことで二人の心の距離を表していた。イスラエルの演出家・振付師のインバル・ピント氏が紡ぎ出す世界は圧巻で、登場人物の心情や主人公が陥る非現実的な世界を舞台装置やダンサーの演技で見事に表現していた。

現実にはあり得ない「仮想世界」は、村上作品の特徴の一つである。自分の過去と対峙し、真実を知るメタファーとして描かれるケースが多い。その点で言うと、新海誠氏のアニメ映画作品も近いものがあると感じる。

出典:https://suzume-tojimari-movie.jp/

災い(震災)の元となる扉を閉めていくことで、主人公すずめが過去の被災時のトラウマから自らを解放するすずめの戸締まり


村上作品では、まるで神話のように井戸や石、或いは眠りが現実と架空の世界の出入口として機能する。新海作品もまた扉や眠りがその役目を果たす。さらに、過去の歴史と現在の出来事がシンクロする「時間の交錯」があることも共通項である。

こうした現実空間と仮想空間、過去と現在といった相容れない事象や概念の融合は、物語の中だけのことではなくなってきた。テクノロジーの進化がそれを可能にし始めている。


時を止める、時間を超越するアーティストの取り組み

1970年代後半にジョンレノンが作成し、未発表のままになっていたデモ曲「Now And Then」が、約50年の時を経て昨年、ビートルズの新曲としてリリースされた。デモテープから声だけをクリアに抽出することができず、これまでお蔵入りしていたが、最新のAI技術によってその課題を克服し、実現に至ったそう。当時の38歳のジョンのボーカルにジョージ・ハリスンの生前のギター、現在80代のポール・マッカートニーとリンゴ・スターのコーラスと演奏で構成されるという、ある意味時間を超越した楽曲である。

出典:https://www.facebook.com/TinDrumIO/

坂本龍一氏が生前に、複合現実コンテンツを制作するTin Drumと共同で開発したMR(複合現実)コンサート「KAGAMI」も時間の概念を覆す取り組みだ。観客がヘッドセットを装着すると、何もないステージ中央にバーチャルな坂本氏がピアノを演奏する姿が浮かび上がる。

アーティストは、亡くなった後も創作物を後世に遺すことができるが、技術革新によってこのように仮想空間の中で存在し続けるという選択肢も得られるようになった。

出典:https://www.theshed.org/program/299-kagami-by-ryuichi-sakamoto-and-tin-drum
出典:https://www.facebook.com/TinDrumIO/

現実に、バーチャルな私が存在する。この仮想の私は年をとらず、何年もピアノを弾き続けるだろう。何十年、何世紀にもわたって。 その時、人間はいるのだろうか。人類の次に地球を征服するイカたちは、私に耳を傾けるのだろうか。彼らにとってピアノは何なのか?音楽は?そこに共感はあるのだろうか。
何十万年にもわたる共感。あ、でも電池はそんなに持たないか。
坂本龍一 2023年

https://www.theshed.org/program/299-kagami-by-ryuichi-sakamoto-and-tin-drum

正真正銘の最後のツアーと宣言し、現時点でのファイナルツアーを完遂した英国のロックバンドKISSもVR化した。

モーションキャプチャーで3Dアバター化したので、今後は仮想空間上でライブパフォーマンスを再現できるだけではなく、現実にはあり得ないような演出も可能になる。現在のファンに限らず、これから生まれる世代もライブを体験できることになるのは不思議な感じもするが、今はもういないアーティストのライブを動画で観る感覚でスタンダードになっていくのだろう。

出典:https://youtu.be/Yl5PGoy5X6g?si=IDMJuPPsOnRkg0Wh

ゲームをはじめ、幼い頃からリアリティのあるバーチャル空間に慣れ親しんだ若年層にとって、仮想空間も現実世界の一つだろう。アニメキャラの推し活やメタバース上での交流も進んでいることから、バーチャルとリアルの境目が曖昧になっている可能性もある。

フィジカルなデザイン表現においてもその影響が及ぶのではないか。これまでのようにリアルな商品や空間をバーチャル上に再現するのではなく、仮想空間用にデザインしたもの現実に再現するという手順も踏まれるようになるのではないか。そんな兆しが垣間見られる事例がいくつかある。今回はそれらの事例をフックにその可能性について考えてみる。

① メタバース(的な)体験をリアルで再現
② バーチャル空間用のデザインをリアル化


① メタバース(的な)体験をリアルで再現

出典:https://www.instagram.com/spherevegas/

今年9月にラスベガスに球体の複合アリーナ施設「Sphere」が誕生した。これを写真や動画で見て驚いた。建物は三角形のトラス構造のフェンスで覆われ、そこに120万個以上のLEDヴィジョンが散りばめられており、その球体の外殻が映像スクリーンとして機能する。

出典:https://www.sixteen-nine.net/2023/07/07/that-giant-las-vegas-led-sphere-lights-up-for-first-time-pix-and-video/

投影する映像によって表情は無限に変わる。

出典:https://www.instagram.com/spherevegas

2万人を収容するドーム型の内部の天井にも広大なLEDスクリーンが設置されている。こけら落としのU2のライブ映像を観て感じた。

まるで「メタバース空間」のようだなと。

出典:https://www.universal-music.co.jp/u2/news/2023-10-02/

メタバースを現実空間で再現するとこのようになるのかと思った。建物のスクリーン化は、歴史建造物へのプロジェクションマッピングやFCバイエルン・ミュンヘンの本拠地「アリアンツ・アレーナ」(2005年開業)など、これまでにも事例はあり建築表現の可能性を広げたが、VRの没入感を現実に体感させるレベルにまでは至っていなかった。

ミュンヘンのスタジアム「アリアンツ・アレーナ」(左)とパリの凱旋門へのプロジェクションマッピング 出典:https://www.facebook.com/FCBAllianzArena/photos?locale=ja_JP https://vimeo.com/389743299

屋内空間で言うと、人の動きに反応する、チームラボのインタラクティブなデジタルアートのインスタレーションもメタバース的なリアル空間と捉えられる。

出典:https://www.teamlab.art/jp/e/borderless-azabudai/

以前、筆者が投稿した、やみつきになる触感で魅了する、デジタル時代の「物理的なUXデザイン」で採り上げたソニーのインスタレーション「床は人を旅に連れて行ってくれるのか?」も仮想と現実を融合する企画だった。

出典:https://www.sonypark.com/mini-program/list/006/
出典:https://youtu.be/JhY6vV94zG8?si=Ap3dDjxziLbi54T-

水たまり、うす氷、砂浜の触感を微細な振動による触覚提示技術で床面に再現し、触覚に視覚と聴覚を組み合わせたクロスモーダル知覚(五感の相互作用)で、足元にリアルな感触を与えるというもの。

この場合、うす氷などの現実にある触感を人工的に再現している点で「リアル→バーチャル」だが、現実にはあり得ない架空の出来事を体験(屋外で起きることを室内で再現)できる点で「バーチャル→リアル」の発想ということにもなる。

先の球体施設Sphereのような大掛かりな装置をわたしたちが普段利用する空間に導入するのは現実的ではないが、このソニーの触感体験の考えは、百貨店やホテル、オフィスやマンションの共有部の演出に応用しても良さそうだ。海の映像を魚眼レンズで撮影し、それをプロジェクターで床と壁に投影した名古屋造形大学の浅野博善さんの卒業作品などを観ても、その可能性を感じる。

病院などのリハビリの現場に設置することで「患者が歩きたいと思える場所」を作り出し、精神的な負担を減らすことも視野に入れて研究、開発を進めているそう*¹。

出典:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/design/staydream/

ソニーのクリエイティブセンターが今年、家具ブランドStellar Worksと共にニューヨーク・デザインフェスティバル(NYC✕DESIGN Festival)に出展した「STAYDREAM – a surreal reality <幻想と融け合うリアリティ>」のコンセプトデザインは、かなり現実味を帯びている。音響・映像・センシング技術を駆使し、家具にアンビエント音楽のような心地よい環境を創り出す新たな側面を与える試みだ。

上の画像の「BYOBU Bed」は、人の存在を感知するとヘッドボードに浮かび上がる映像と音楽が、眠りに就く人を包み込む。

出典:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/design/staydream/

また、壁紙を映像化した「BEYOND WALLPAPER」も面白いアイデアだ。人の動きに反応して山の輪郭や月の位置が穏やかに変わる。これなどは、今すぐにでもホテルのラウンジなどに採用されても良さそうである。


出典:https://bondee.com/jp/main
あつまれどうぶつの森の自宅の室内空間(筆者作成)

Z世代に人気のメタバースSNSアプリ「BONDEEや、世界的なヒット作品となったあつまれどうぶつの森のように創造力や想像力を働かせ、自分の部屋をカスタマイズできることも仮想空間の醍醐味である。現実にはあり得ないような空間の設定も可能である。

出展:https://www.coelux.com/

イタリアのCoeLux社は2019年に、擬似的な窓を作る「青空照明」(正式名称はCoeLux)を製品化している。晴れた日の空が青く見える原理である「レイリー散乱」(空気中の分子が、太陽光線のうちの波長の短い青い光を多く散乱させる現象)を人工的に再現した照明器具で、窓のない空間に擬似的な採光をもたらす。

こうしたプロダクトも仮想現実からの発想と言えるのかもしれない。マインクラフトっぽい感じもする。この照明器具は、メンタルヘルスにも良さそうなのでオフィス空間の需要がありそうだ。また、地下駐車場などの薄暗い場所に設置すれば、防犯効果も期待できる。

出典:https://news.livedoor.com/article/detail/16606332/

現実空間に新たな価値を与える「仮想空間からの発想」

長くなってしまったので、今回の話の要点をまとめさせていただくと、

・ラスベガスに誕生した球体大型施設「Sphere」は、まるでメタバース空間を物理化した建築。

・プロジェクションマッピングやミュンヘンのスタジアムなど「建物のスクリーン化」はこれまでにもあったが、「没入感」を再現したレベルではなかった。

・その考えをわたしたちが普段利用する空間に応用するにはSphereのスケールは大き過ぎる。

・だが、ソニーの触感疑似体験(ハプティクス)の床やプロジェクターを活用した空間演出の考えは、ホテルやオフィスなどの共有部に応用される可能性がありそうだ。

  • Z世代をはじめとする次世代ユーザーは、ゲームやSNSでメタバースとの親和性が高い。

  • BONDEEやあつ森のように実際にはあり得ないような空間作りも現実にできる日が来るのではないか。

  • CoeLux社の「青空照明」などは、既にそれを実現させている。

今回は、村上春樹氏の小説や、最新技術を駆使した大物ミュージシャンによる仮想現実の取り組みをきっかけに、リアルとバーチャルの融合について考えてみた。そして、仮想空間での体験を現実空間に落とし込むことで、新たな空間価値が創造できるのではないかという仮説も立ててみた。具体例もあることからその可能性は今後さらに大きくなるのかもしれない。

次回は、② バーチャル空間用のデザインをリアル化 について事例を挙げて持論を展開させていただく。

後編につづく。。

《脚注》
*¹ 出典:WAVAL「室内に海?プロジェクションマッピング仮想現実による癒しの世界」2017.2.20

NewsPicksトピックス 2023.12.11掲載記事より転載(筆者:本人)


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