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2. アトピー性皮膚炎の治療法
1. アトピー性皮膚炎の薬物療法 - ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏
こんにちは、皮膚科医のダーマルです。今回は、アトピー性皮膚炎の治療の基本となる薬物療法、特にステロイド外用薬とタクロリムス軟膏について詳しく解説します。
1.1 ステロイド外用薬
ステロイド外用薬とは
ステロイド外用薬は、アトピー性皮膚炎治療の大きな柱の一つです。炎症を抑え、かゆみを軽減する効果があります。
作用機序
抗炎症作用:炎症を引き起こす物質の産生を抑制
免疫抑制作用:過剰な免疫反応を抑制
血管収縮作用:皮膚の赤みを軽減
ステロイド外用薬の種類
日本では5段階のランクに分類されています:
ストロンゲスト(最強)
ベリーストロング(かなり強い)
ストロング(強い)
ミディアム(中程度)
ウィーク(弱い)
使用方法
炎症の程度に応じて適切な強さを選択
1日1-2回、患部に薄く塗布
改善したら徐々に弱いものに切り替え、塗布頻度を減らす
注意点
長期連用による副作用(皮膚萎縮、毛細血管拡張など)に注意
顔面や陰部など皮膚の薄い部位では弱いステロイドを使用
急に中止すると、リバウンドを起こす可能性がある
1.2. タクロリムス軟膏
タクロリムス軟膏とは
免疫抑制剤の一種で、ステロイド外用薬の代替または補完として使用されます。
作用機序
T細胞の活性化を抑制
炎症性サイトカインの産生を抑制
特徴
ステロイド外用薬でみられる副作用(皮膚萎縮など)がない
顔面や頚部など、ステロイドが使いにくい部位にも使用可能
使用方法
1日2回、患部に薄く塗布
症状が改善したら、1日1回に減らす
注意点
塗布直後に軽度の刺激感やほてりを感じることがある
紫外線への露出を避ける(日光過敏の可能性)
2歳未満の乳幼児には使用できない
1.3. ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏の使い分け
ステロイド外用薬が適している場合
急性期の強い炎症
広範囲の湿疹
苔癬化した厚い皮疹
タクロリムス軟膏が適している場合
顔面や頚部の湿疹
ステロイドの長期使用で副作用が懸念される場合
維持療法期
併用療法
重症例では、ステロイド外用薬で炎症を抑えた後、タクロリムス軟膏で維持療法を行うなど、両者を組み合わせて使用することもあります。
1.4. 正しい外用薬の使用法
FTU(Finger Tip Unit)の概念
人差し指の先端から第一関節までの量を1FTUとし、これを目安に塗布量を決定
成人の手のひら2枚分の面積に1FTUが適量
塗り方のコツ
清潔な手で優しく塗り広げる
こすりつけるのではなく、なじませるように塗る
患部の周囲まで少し広めに塗る
保湿剤との併用
外用薬を塗った後、15-30分程度あけてから保湿剤を塗布
保湿剤を十分に使用することで、外用薬の使用量を減らせる可能性がある
まとめ
ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏は、アトピー性皮膚炎治療の要となる薬剤です。それぞれの特徴を理解し、適切に使用することが重要です。ただし、これらの薬剤は医師の指示のもとで使用する必要があります。自己判断での使用は避け、症状や不安なことがあれば、必ず担当医に相談してください。
2. アトピー性皮膚炎の新しい治療法 - 生物学的製剤と経口JAK阻害薬
2.1 生物学的製剤
生物学的製剤とは
生物学的製剤は、遺伝子組み換え技術を用いて作られたタンパク質製剤です。アトピー性皮膚炎の炎症に関与する特定の分子を標的とし、ピンポイントで炎症を抑制します。
デュピルマブ(デュピクセント®)
現在日本で承認されているアトピー性皮膚炎治療用の生物学的製剤は、デュピルマブ(商品名:デュピクセント®)のみです。
作用機序
IL-4受容体αサブユニットに結合
IL-4とIL-13のシグナル伝達を阻害
Th2型免疫反応を抑制
適応
中等症から重症の成人アトピー性皮膚炎患者(既存治療で効果不十分な場合)
投与方法
皮下注射
初回600mg、その後2週間ごとに300mg
効果
皮疹の改善
そう痒の軽減
QOLの向上
副作用
注射部位反応
結膜炎
頭痛
2.2. 経口JAK阻害薬
JAK阻害薬とは
JAK(Janus Kinase)は細胞内のシグナル伝達に関与する酵素です。JAK阻害薬は、この酵素の働きを阻害することで、炎症を引き起こす様々なサイトカインのシグナルを同時に抑制します。
1. バリシチニブ(オルミエント®)
日本では2020年12月にアトピー性皮膚炎治療薬として承認されました。
作用機序
JAK1とJAK2を選択的に阻害
複数の炎症性サイトカインのシグナル伝達を抑制
適応
既存治療で効果不十分な成人アトピー性皮膚炎患者
投与方法
経口投与
1日1回4mg
効果
皮疹の改善
そう痒の軽減
速やかな効果発現(投与後1-2週間で効果が現れ始める)
副作用
上気道感染
悪心
頭痛
帯状疱疹(特に高齢者)
2. ウパダシチニブ(リンヴォック®)
2021年8月にアトピー性皮膚炎治療薬として承認されました。
作用機序
JAK1を選択的に阻害
適応
既存治療で効果不十分な成人アトピー性皮膚炎患者
投与方法
経口投与
1日1回15mgまたは30mg
効果・副作用
バリシチニブと同様の効果と副作用プロファイルを持ちます。
3. アブロシチニブ(サイバインコ®)
2022年1月にアトピー性皮膚炎治療薬として承認されました。
作用機序
JAK1を選択的に阻害
適応
既存治療で効果不十分な成人アトピー性皮膚炎患者
投与方法
経口投与
1日1回100mgまたは200mg
効果・副作用
他のJAK阻害薬と同様の効果と副作用があります。
2.3. 新しい治療法の位置づけ
従来治療との比較
従来の外用薬では効果不十分な中等症から重症例に有効
全身性の効果が期待できる
経口薬(JAK阻害薬)は服用が簡便
使用上の注意点
感染症のリスク増加に注意が必要
長期的な安全性はまだ十分に確立されていない
高額な薬剤費(一部は保険適用)
治療選択の考え方
患者の症状の程度、既存治療の効果、患者の希望などを総合的に判断
従来の治療で効果不十分な場合の選択肢として検討
生物学的製剤とJAK阻害薬の選択は、患者の状態や生活スタイルに応じて個別に判断
まとめ
生物学的製剤と経口JAK阻害薬は、アトピー性皮膚炎の治療に新たな選択肢をもたらしました。特に従来の治療では十分な効果が得られなかった患者さんにとって、大きな希望となっています。しかし、これらの新しい治療法にも一長一短があり、患者さん一人ひとりの状態に合わせて最適な治療法を選択することが重要です。
3. 漢方薬とアトピー性皮膚炎
3.1. 漢方医学とアトピー性皮膚炎
漢方医学の考え方
漢方医学では、アトピー性皮膚炎を「湿疹瘡(しっしんそう)」や「血風(けつふう)」などと呼び、体質的な偏りや気血水のバランスの乱れが原因と考えます。
西洋医学との違い
西洋医学:症状や検査結果に基づいて診断し、特定の症状や原因に対して治療を行う
漢方医学:患者の体質や症状の現れ方全体(証)を見て、体全体のバランスを整える
3.2. アトピー性皮膚炎に用いられる主な漢方薬
1. 十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)
適応:皮膚の赤み、湿潤やかゆみを伴う症状
効果:解毒作用、抗炎症作用、抗アレルギー作用
特徴:比較的体力のある人に適している
2. 消風散(しょうふうさん)
適応:乾燥を伴う皮膚症状、全身のかゆみ
効果:抗アレルギー作用、鎮痒作用
特徴:体力中等度以下で、皮膚が乾燥しやすい人に適している
3. 温清飲(うんせいいん)
適応:顔面の赤み、熱感を伴う症状
効果:抗炎症作用、鎮痒作用
特徴:体力中等度以上で、のぼせやすい人に適している
4. 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
適応:体力低下、疲れやすさを伴う症状
効果:免疫調整作用、抗炎症作用
特徴:体力低下や疲労感の強い人に適している
3.3. 漢方薬の使用方法
服用方法
通常、1日2〜3回に分けて服用
食前または食間に白湯またはぬるま湯で服用
注意点
即効性は期待できないため、長期的な服用が必要
個人の体質や症状に合わせて選択する必要がある
西洋薬との併用は医師に相談の上で行う
3.4. 漢方薬の効果に関する科学的エビデンス
1. 十味敗毒湯
マウス実験で、アレルギー性皮膚炎モデルにおける皮膚症状の改善効果が報告されている
ヒト臨床試験で、アトピー性皮膚炎患者の症状改善効果が確認されている
2. 消風散
in vitro実験で、マスト細胞からのヒスタミン遊離抑制作用が報告されている
小規模臨床試験で、アトピー性皮膚炎患者の症状改善効果が示唆されている
3. 温清飲
マウス実験で、皮膚炎モデルにおける炎症抑制効果が報告されている
症例報告レベルでの有効性が報告されているが、大規模臨床試験はまだ行われていない
4. 補中益気湯
in vitro実験で、免疫調整作用や抗炎症作用が報告されている
アトピー性皮膚炎に対する直接的な臨床試験は少ないが、他の慢性疾患での有効性が報告されている
3.5. 漢方薬の位置づけと使い方
西洋医学的治療との併用
基本的な外用療法(ステロイド外用薬、タクロリムス軟膏など)と併用可能
全身状態の改善や症状の緩和に補助的に用いられることが多い
漢方薬単独での使用
軽症例や維持療法期での使用が考えられる
西洋薬の副作用が気になる患者さんの選択肢として
個別化医療としての漢方
患者さんの体質や症状の特徴に合わせて処方を選択
症状の変化に応じて処方を変更することも
3.6. 漢方薬使用の利点と注意点
利点
全身状態の改善も期待できる
長期使用での副作用が比較的少ない
西洋薬との併用で相乗効果が期待できる場合がある
注意点
効果の発現までに時間がかかることが多い
個人差が大きく、効果に個人差がある
品質管理された医療用漢方製剤を使用する必要がある
まれに肝機能障害などの副作用が報告されている
まとめ
漢方薬は、アトピー性皮膚炎の治療において補完的な役割を果たす可能性があります。西洋医学的な治療で十分な効果が得られない場合や、全身状態の改善も同時に目指したい場合に検討する価値があります。しかし、漢方薬の使用にあたっては、専門医の指導のもと、個々の患者さんの状態に合わせて適切に選択・使用することが重要です。また、現代医学的な治療とのバランスを取りながら、総合的なアプローチを行うことが望ましいでしょう。
4. 光線療法の効果と注意点
光線療法とは
光線療法は、特定の波長の光(主に紫外線)を皮膚に照射することで、皮膚の炎症を抑制し、症状を改善する治療法です。アトピー性皮膚炎だけでなく、乾癬や白斑などの他の皮膚疾患にも用いられます。
光線療法の種類
1. ナローバンドUVB療法(NB-UVB)
波長:311-313 nm
特徴:最も一般的に使用される光線療法
効果:炎症抑制、免疫調整
2. UVA1療法
波長:340-400 nm
特徴:皮膚深部まで到達
効果:強い免疫抑制作用、特に重症例に有効
3. エキシマライト療法
波長:308 nm
特徴:局所的な照射が可能
効果:NB-UVBと同様だが、より短期間で効果が得られる可能性
4. PUVA療法
特徴:光感受性物質(psoralen)と長波長紫外線(UVA)を組み合わせる
効果:強力な免疫抑制作用
注意:長期的な発癌リスクがあるため、使用は限定的
光線療法の効果
主な効果
炎症の抑制
かゆみの軽減
皮膚バリア機能の改善
皮膚常在菌叢の正常化
作用機序
T細胞のアポトーシス誘導
ランゲルハンス細胞の機能抑制
抗炎症性サイトカインの産生促進
表皮角化細胞の増殖抑制
臨床的効果
中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者の60-70%で有効
症状の改善は通常、10-15回の照射後から見られ始める
維持療法として週1-2回の照射で効果を持続可能
光線療法の実施方法
照射スケジュール
初期治療:週2-3回、6-8週間
維持療法:週1-2回
照射時間
初回は数秒から開始し、徐々に増加
最大で数分程度(機器と患者の状態による)
照射部位
全身照射または局所照射
顔面は必要に応じてカバー
光線療法の利点
薬物療法と比較して副作用が少ない
全身療法が適さない患者(妊婦、小児など)にも使用可能
ステロイド外用薬の使用量を減らせる可能性がある
長期的な寛解維持が期待できる
光線療法の注意点
短期的な副作用
紅斑(日焼けのような症状)
かゆみの一時的な増悪
乾燥
水疱形成(過剰照射時)
長期的な副作用
光老化(しわ、しみの増加)
発癌リスクの僅かな上昇(特にPUVA療法)
禁忌・注意が必要な場合
光線過敏症の既往
皮膚がんの既往または家族歴
免疫抑制状態
若年者(特に18歳未満)
最新の光線療法機器
1. LED光線療法
特徴:特定波長のLED光を使用
利点:熱発生が少なく、副作用リスクが低い
2. IPL(Intense Pulsed Light)療法
特徴:広範囲の波長を含む高エネルギーのパルス光を使用
利点:皮膚の複数の層に作用し、多様な効果が期待できる
3. ホームフォトセラピー機器
特徴:自宅で使用できる小型の光線療法機器
利点:通院の負担軽減、継続的な治療が可能
注意点:医師の指導のもとで適切に使用する必要がある
光線療法と他の治療法の併用
外用療法との併用
ステロイド外用薬やタクロリムス軟膏と併用することで、相乗効果が期待できる
光線療法の前後で適切な保湿剤を使用することが重要
内服薬との併用
抗ヒスタミン薬との併用は問題ない
免疫抑制薬との併用は慎重に検討する必要がある
生物学的製剤との併用
一般的には併用可能だが、個々の症例に応じて慎重に判断する
光線療法の選択基準
以下の要因を考慮して、患者さんに最適な光線療法を選択します:
症状の重症度
罹患部位の範囲
患者の年齢
既往歴(特に皮膚がんや光線過敏症)
併用している薬剤
患者の希望(通院頻度、治療にかけられる時間など)
光線療法の今後の展望
個別化治療
遺伝子型に基づいた光線療法の最適化
AI技術を用いた照射量の精密な調整
新しい光源の開発
より安全で効果的な波長の探索
副作用をさらに軽減した機器の開発
併用療法の最適化
光線療法と他の治療法(生物学的製剤、JAK阻害薬など)との最適な併用方法の確立
まとめ
光線療法は、アトピー性皮膚炎の治療において重要な選択肢の一つです。薬物療法と比較して副作用が少なく、長期的な症状コントロールが期待できる点が大きな利点です。ただし、個々の患者さんの状態に応じて適切に選択・実施する必要があります。
光線療法を検討する際は、必ず皮膚科専門医に相談し、十分な説明を受けた上で判断することが大切です。また、治療中も定期的に医師の診察を受け、効果や副作用をモニタリングすることが重要です。
アトピー性皮膚炎の治療は、外用療法を基本としつつ、症状や患者さんの状態に応じて様々な治療法を組み合わせていくことが理想的です。光線療法もその選択肢の一つとして、適切に活用することで、より良好な症状コントロールと生活の質の向上が期待できます。
次回は、アトピー性皮膚炎の治療におけるスキンケアの重要性について解説します。日常生活でできる効果的なケア方法や、最新のスキンケア製品についてお話しする予定です。お楽しみに!
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