第八夜 巴取り 後編

 文(手紙)のことを、消息とも呼ぶ。電話やメールのない平安時代、離れた相手に意志を伝える、唯一の方法が消息であった。
 郵便制度も、もちろんないから、自分の召人を「文使い」として、文を持たせて遣わすのが普通であった。文には「折枝(おりえだ)」と呼ばれる、季節の草木の枝を折ったものを添える。草木の色と、文に使う紙の色を揃えるのが基本だ。
 正式な(事務的な)文は、白紙で包んだ「立て文」で、現代の、のし袋にその名残が見られる。逆にくだけた形式に、巻いた手紙の両端をひねった「捻り文」、手紙を細く巻いて、端、または中を折り結んだ「結び文」などがある。
 蔦葛が中将の君からもらった「立て文」は、その中間だとイメージしていただきたい。


「奥方さま、それは夢でございます」
 私の思いを見透かしたかのように、拾が言った。
「元々捨て子で、召人である私は、どんな暮らしにも耐えられます。しかし、奥方さまに、下々の暮らしは、一日とて耐えられは、いたしますまい」
 ああ、その通りだ。
 そもそも私は、下々の者どもがどのように暮らしているのかすら、知りはしない。
「中将の君さまのご求婚を、受けられるべきにございます」
 その通りなのだけれど、お前の口からそれを聞きたくはなかった。
 私が微かに表情をくもらせたのを見て、拾は察したようだった。
「出過ぎたことを申しました。お許しを」
 あくまで、召人としての立場を崩そうとしない拾が愛しくて、私は思わず彼を抱きすくめた。
「何を……なさっておいでで?」
 怪訝そうな侍女の声に、拾が慌てて、私の手の中から逃れた。
「他愛ない戯れですよ。ね?」
「はい」
 気取られたのではないかと、一瞬身構えたが、侍女は何も気づいていない様子であった。
「今宵、中将の君さまが、いらっしゃるそうです」
 とうとう、その時が来てしまった。
 震える手を、拾に握りしめて欲しかったが、侍女の目の前ではそうもいかない。
 私たちの運命が、大きく動こうとしていた。

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