最終夜 後編
清少納言の晩年は、不遇だったという伝説が残っている。
彼女が中宮定子の死から間もなくして、宮仕えをやめた頃、入れ替わりに紫式部が、中宮彰子に仕え、宮廷に入った。
二人が直接、顔を合わせたことはないとされるが、紫式部は一方的に、清少納言を批判する文章を残している。
新たなブームが生まれる時、前のムーブメントの中心人物が批判されるのは、現代にはじまったことではなかった。
とはいえ、清少納言が、不幸な晩年を送ったとする確かな証拠もないのである。
京の近くで、道端に老婆がうずくまっていたので、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
老婆は顔を上げて私を見ると、ひどく驚いた顔をした。
「蔦葛? 拾? でもあれから二十年以上……」
驚いたのは私の方だ。
「父と母を、ご存じなのですか?」
「父と母ぁ?」
さらに驚いた声をあげたあと、老婆は納得の表情になった。
「そうかい。そういうことだったのかい」
それから、まじまじと私を見て、こう言った。
「ところでアンタは、男かい? 女かい?」
白拍子姿の私は、見た目では男とも女ともわからぬとよく言われる。
「清少納言さまのことは、両親からうかがっていました」
「そうかい。あれから帝も代替わりなさったし、定子さまもお亡くなりになった。拾にひどいことをした道長さまも、病で苦しんで亡くなったそうだよ」
「そうだったのですね……」
「京ではまた、流行病が蔓延ってるってさ。しばらく近づかない方がいいよ」
「ありがとうございます」
礼を言って、私は席を立とうとした。
「ああ、最後に一つだけ」
座り直した私に、清少納言さまはたずねた。
「蔦葛ちゃんは、どんな風に亡くなった?」
私は、自分自身でも受け止めきれなかった、父から聞いた母の最期を、そのまま語った。
「父のまらを握って、幸せそうに息を引き取ったそうです」
「その時、拾のまらがどうだったか、聞いてるかい?」
「勃起したそうです」
すると、清少納言さまは、心底おかしそうに、大笑いされた。
「それはまた随分と、幸せな最期だね!」
私はつられて笑いながら、やっとこの話を受け止められた気がした。
そうか、これは、笑って寿(ことほ)ぐべき話だったのだ。