第七夜 とりかへばや 前編
平安時代の女性の装束と言えば、まずは「十二単衣」(じゅうにひとえ)を想像されるであろう。袴、単(ひとえ)、袿(うちき)、打絹(うちぎぬ)、表着(うわぎ)、裳(も)、唐衣(からぎぬ)と、重ねて着るので、十二単衣と呼ばれた。本当に十二枚着ているわけではない。
この十二単衣、またの名を裳唐絹(もからぎぬ)は正装であって、ハレの日や、宮廷に出仕する時などに、身分の高い女性が着るものであった。
平時の衣装は、袿姿(うちきすがた)と呼ばれるもので、袴の上に単、その上に何枚か袿を重ね、一番上の袿は、豪華なものを着る。
「回ってみせて」
私に言われるままに、拾はくるくると回ってみせた。重なった袿が、拾が回るのにつれて、ひらひらと舞う。
「よく似合っているわ」
拾は顔を赤くした。その長髪は、もちろんカツラだ。
「これでどこからどう見ても、立派な侍女ね」
どうしてこんなことになったのかというと、こういうことだ。
中将の君からの文には、ただ短歌が一編、書かれているだけであった。
「時鳥(ほととぎす) なくやさ月のあやめ草 あやめもしらぬ 恋もするかな」
はじめての文としてはぶしつけなくらい、直接的な恋の歌であった。
信じられないが、中将の君は、私に恋をしたらしいのだ。
文には、高価な香が焚きしめてあった。中将の君は、どうやら本気らしい。
それからというもの、敷物や腰掛け、厨子(ずし)など、高価な贈り物が、毎日届けられた。
おろおろするばかりの私のもとへ、ついに侍女が
「明日より出仕いたします」
と来るに至って、私は一つの決意をした。
侍女が来れば、私の身の回りの面倒は、侍女がみることになる。今までのように、拾に身の回りのことをしてもらう訳にはいかなくなるから、拾と自由に戯れることもできなくなる。
そんなのはいやだ。
その時、私に天啓が訪れた。
拾を、私の侍女にしてしまえばいいのだ。
中将の君のつかわした侍女にも働いてもらうが、そうすれば今まで通り、拾と一緒に居られる。
そんなわけで、侍女の格好をさせられた拾は、恥ずかしげに立っていた。
と、
「ごめんくださいまし」
中将の君のつかわした侍女がやってきた。
私は何気なく、彼女に拾を紹介した。
「この子は拾。私の身の回りの世話は、基本的に彼女がするから、あなたは家のことをやってちょうだい」
「蝶と申します。かしこまりました」
蝶と名乗った侍女は、拾の正体に何の疑いも抱くことなく、自分の仕事をはじめた。