第十九夜 意外な訪問者 前編
平安時代に書かれた、仏教の説話集「日本霊異記」には、女犯を犯した僧が、報いを受ける話が多く掲載されている。
その中の一編に、このような話がある。ある村で、私度僧(国家の認定を受けていない僧)を読んで、写経をすることになった。境内には、男だけでなく、多くの女たちが集まった。境内は人いきれ、特に女の体臭でむっとしていた。
女の体臭にムラムラとした私度僧は、一人の女に背後から迫ると、着物をまくり上げ、背後から挿入した。女も拒まず、二人は獣のように激しく繫がった。
するとどうしたことか、二人は突然、前のめりに崩れ折れ、泡を噴いて息絶えたのである。人々は、
「不淫戒を守るべき僧侶が、仏様の前で、しかも写経の最中に愛欲にふけったので、報いを受けたのだ」
と、噂し合った。
その説話なら、私も知っている。私度僧はともかく、女までも殺してしまったのは、仏様も情けがないものだ、と思う。
そもそも、愛欲が罪だと言うのなら、仏様はどうして、人を愛欲に囚われるようにお造りになったのだろうか。
「あなたの侍女が、道長さまに襲われたそうですね」
三日ぶりに訪った中将の君は、世間話を少々した後で、そう切り出した。
「どうしてそれを……」
「噂は足が速いものです。侍女の具合はいかがですか?」
「まだ伏せっておりますが、幸い大事ございませぬ」
「見舞ってもよいですか?」
「え……」
私はためらった。が、断ればあらぬ疑いを抱かせてしまうかもしれない。
いや、あらぬ疑いではないのだ。
「では、こちらへ……」
私は御帳台を出て、中将の君を、拾の居室へと案内した。
「こちらです」
私は、息を呑む思いで、拾に声をかけた。
「拾、中将の君が、あなたを見舞いに来てくださいました」
拾の慌てふためく気配は、他人事なら、おかしくて笑い出してしまいそうなくらいだった。