第八夜 巴取り 前編
巴取りとは、現代で言うシックスナインのことである。二つ巴ともいう。平安時代には、すでにこの名が付いていたようだ。男女が互いの性器を、口を用いて愛撫し合うこの形は、口を用いる愛撫が発見されるとほぼ同時に、発見されたと考えられる。
男が上になるのを「椋鳥(むくどり)」女が上になるのを「さかさ椋鳥」、二人が互いに横を向くのを「二丁立て」という。立位で行う「ひよどり越え」は、男によほど力があるか、男女にかなりの体格差がなければ難しいであろう。
拾の唇が、私の下の唇に触れる。
拾の唇から洩れる息が、私の敏感な豆をくすぐる。
拾の舌がゆっくりと、私の下の唇をかきわけて、私の中に入ってくる。
関係をはじめてから一月も経っていないのに、拾は私の勘所をすっかり覚えてしまった。だけれども、私も負けてはいない。
拾の陽物に、ちろちろと舌を這わせる。拾は、裏筋を舌先でつつかれるのが好きだ。鈴口に舌を這わされるのも。
私と拾は、巴取りの形で、互いの性器を口で愛し合う。
私たちの生活は、ずいぶん豊かになった。荒れ放題だった庭は手入れされ、傷んでいた屋敷も、すっかり修理された。
しかし、素直に喜ぶわけにもいかない。経済的援助を受けるということは、妻、あるいは妾となることを、受け入れることでもあるからだ。
今のところ、中将の君の送り込んできた侍女は、私たちの関係どころか、拾が男であることにすら気づいていないようだが。
中将の君からの次の文は、薄絹で包んだ、包み文であった。藤の枝が添えられた、紫の紙だ。
「大井川 くだす筏のみなれ棹(ざを) みなれぬ人も 恋しかりけり」
またしても歌のみが記され、本文はない。先の文とはまた違う、けれどもやはり高価な香が焚きしめてあった。
私はいよいよ、決断しなくてはならなかった。
拾と共に、京を離れ、どこか人知れぬ新天地を求めるか。
中将の君の求婚を受け、宮廷社会に返り咲くか。
私は、まずは夢見た。拾と共に、誰も知らぬ土地で、幸福に暮らす二人を。