第六夜 几帳の綻び 後編

 基本的にワンルーム構造であった平安貴族の邸宅は、生活に便利なように、几帳をはじめとする、さまざまな屏障具(へいしょうぐ)で仕切って使われた。屏風や障子(現代の襖。木枠にはめ込んだり、自立する脚をつけたりして使う)は我々にもなじみがあるが、几帳は、せいぜい神社の拝殿で見たことがあるかどうか、というくらいであろう。
 几帳とは、壁代(かべしろ)と呼ばれる帷子(かたびら)を衝立状にしたもので、わかりやすく言えば布の衝立である。素材は、冬は練絹(ねりぎぬ)、夏は生絹(すずし)を用いるのが普通であったが、錦や綾を用いた、美麗几帳と呼ばれるものもあった。
 いずれも単なる仕切りではなく、室内装飾を兼ねていたので、几帳、特に美麗几帳は、見事な染めがほどこされた、美しいものであった。
 几帳は一枚布ではなく、何条かの帷子を横に連ねた構造であったので、帷子と帷子の間の隙間から、向こう側をのぞき見ることができた。その隙間を「几帳の綻び」と呼び、平安文学には、そこから向こう側をのぞき見るシーンが数多くある。


 いったい、誰が訪ねてきたのだろう。
 拾が応対している間に、身支度を整えて待っていると、数人の召人が、幅五幅(の、約百五十センチ)ほどの几帳を担いで入ってきた。
 帷子の素材は絹だろうか。染といい、実に見事で、高価なだけでなく、気品も持ち合わせた、見事な品であることが一目でわかった。
 拾が私に報告する。
「中将の君からの、贈り物にございます」
 中将の君のことなら、私も聞いたことがあった。文武に優れ、出世街道をまっしぐらに突き進んでいる、今をときめくお方だという。それだけでなく、たいそうな美形でもあり、宮廷の女官たちの憧れのまとでもあるという。
 それほどのお方でありながら(もちろん、浮ついた恋の噂はいくつもあるけれど)、未だにご結婚なされていないのも、女官たちをときめかせる理由の一つだ。何でも、
「私をときめかせるほどの姫君に、未だお目にかかっていない」
 とのことであった。
 その中将の君が、なにゆえ私などに几帳を贈ってきたのだろうか。
 私は、不可解に思いながら、添えられた文を手に取った。

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