第二十五夜 父、母、子 後編
平安京は、この時代なら世界のどこでもそうであるように、天災の多い都であった。
地震と疫病も多かったが、特に多かったのは火事であった。
木と紙でできた日本の家屋は簡単に燃え上がり、燃え上がった炎はたやすく町を焼き尽くす。
明治に入ってようやく、防火を意識した、煉瓦造りの町並みが作られるようになるが、それでも東京の下町は木造の家屋が建ち並び、東京大空襲でおびただしい被害を出した。
「蔦葛、あなたはどうなのです」
中将の君は、救いを求めるように私を見た。
「我は旦那さまにお聞きしているのです」
拾が遮った。
「もういいのです、拾」
今度は私が遮った。
「中将さま、今まで本当にありがとうございました。そして、本当に申し訳ありませんでした」
私は深々と頭を下げた。
「私は……」
「あなたは浮世を離れて暮らしていらっしゃる。そんなあなたに、私も憧れました。けれども、私は浮世から離れられませぬ」
言葉がみつからずに困っている中将の君を置いて、私と拾は寝室を出た。
夜の賀茂川は、いつものように昏く流れている。
私と拾は、船に揺られながら、愛し合っていた。
「どこへ行くのですか」
「どこへ行くのでしょうか」
途切れ途切れに交わす言葉よりも、つながりあった肉体のうごめきが、私たちの心を、雄弁に伝え合っていた。
「あ……」
拾が何かに気づき、離れて行く京の町を指さす。
京の空が、赤く染まっていた。
「京が、燃えている……」
失火か放火か、炎は赤々と天を照らしている。
「……もう私たちには、関係のないこと」
私が中をきゅっと締めると、拾がびくっと動いた。
拾が、激しく突きはじめる。私も合わせて腰を動かす。
お互いに達するまで、そう時間はかからなかった。
放心して船底に横たわった私たちは、赤く染まった空を眺めた。
二人の手が自然に触れ合い、かたく握り合った。