第二十一夜 権力者を無理やり…… 前編
式神とは、陰陽師が使役する鬼神のことである。
ここでいう鬼神とは、位の低い神を意味する。神ではあるが、むしろ「妖怪変化」として認識されることの多い存在である。
安倍晴明は、仏教の守護神である十二神将を使役したと言われているが、ここで蔦葛が乗り移ったのはさほど高級な式神ではあるまい。
(そんなことをしている場合ではないでしょう)
晴明さまの声に、私は我に返った。
(道長さまの寝室はこちらです)
晴明さまの案内に従い、私は歩いて行く。
途中、何人かの従者とすれ違ったが、彼らには私が見えないようだった。
道長さまは、いぎたなく眠っていらした。
この方が、拾にあんなひどいことを。
この式神の肉体をもってすれば、道長さまをいかような目に遭わせることだってできる。
お命だって……。
(目には目を、歯には歯をですよ)
晴明さまの声が、私を再び我に返した。
どんなひどいことをされたからといって、何をしてもいいということにはならない。
私は、股間の逸物をぐっと握りしめた。
「道長どの」
私の口から出た声は、本来の私のものとは、似ても似つかぬものであった。
道長さまは、はっと目を覚まし、私の姿を見て、心底驚き、恐れているようだった。
「な、何者ぞ、うぬは……」
「鬼よ。貴様の所業に、天罰を下すために現れた」
腰を抜かし、這いずって逃げる道長さまの姿は、実にこっけいだった。
他人を、それも権力者を、暴力で言うことを聞かせるというのは、これほどまでの快感だったのか。権力や暴力に執着する、男たちの心持ちが、少しわかった気がした。
「わ、私をどうするつもりだ……」
「どうもこうも、貴様が力無き人々にしてきたのと、同じ目に遭わせてやるのだ」
あくまで自重しなければ。私は、晴明さまの教えを、もう一度心の中で繰り返した。
(目には目を、歯には歯を)