第十三夜 後宮にて 後編

 末摘花とは、源氏物語のサブヒロインの一人である。
「素晴らしく美しく、教養のある姫君が落ちぶれて暮らしている」
 との噂を聞きつけた光源氏は、早速、夜這いしてものにするのであるが、翌朝顔を見ると、赤い大きな鼻の、ひどい不美人であった。
 しかし、ここであっさり彼女を見捨ててしまわないのが、光源氏のモテ男たるゆえんである。光源氏は、二度と彼女と関係を持つことはなかったが、経済的な援助を続け、自分の正式な妾の一人として、最後まで彼女の面倒を見るのである。


 中将の君の紹介で、私がお仕えすることになったのは、今上天皇さまの皇后にして、最愛の寵姫であらせられる、中宮定子さまであった。
 定子さまには、「枕草紙」で一世を風靡した、あの清少納言さまもお仕えになっているという。
 果たして、私がそんなところで、どれほどのことが為し得るものか。私の胸は、不安でいっぱいであった。
「アンタが、中将の君のお妾さんかい?」
 突然、私に話しかけてきたのは、はすっぱな話し方とは裏腹な、上品に装った美人だった。
 彼女は、値踏みするように、私を上から下までまじまじと見る。中将の君があつらえてくれた格好だから、失礼なことはないはずだ。
「アタイは清少納言。名前くらいは知ってるだろ?」
 驚いた。あの清少納言が、こんな気さく、というよりはむしろ無礼な女性であったとは。
「ぶ、無礼であろう。ご主人さまに対して……」
 割って入ろうとする拾を、私は慌てて制した。
「清少納言さまでございましたか。お初にお目にかかります。ご機嫌うるわしゅう……」
「そういう堅苦しいのはキライなのよ。納言でいいよ」
 遮って清少納言さまが言う。
「案内してあげる。おいで」
 清少納言さまは、私の手を取って歩き始めた。拾も黙ってついてくる。


 連れ込まれたのは、薄暗い物影で、そこには公達が三人、所在なさげに立っていた。
「あの、これはどういう……」
 不安げに問う私に、清少納言さまはけらけら笑って答えた。
「いや、逢い引きがかち合っちゃってね。どうしようかと思ってたんだけど、アンタたちで人数が合ったわ」
 言うと、清少納言さまは服を脱ぎはじめる。
 ようやく私は理解した。
 清少納言さまは、同じ時刻に、三人の公達と逢い引きの約束をしていらしたのだ。
 困った清少納言さまは、私と拾で数合わせをしようとした。
 困ったのは私だ。私はともかく、拾の正体が、早くもバレてしまう。
「一番いいオトコ、選びなよ。アタイは最後に残ったのをいただくからさ」
 宮廷生活の初日から、私はのっぴきならない立場に置かれた。

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