鉄人社『日本の確定死刑囚』レビュー・柴嵜正一の項の感想

先日購入しました。

なんと表紙に柴嵜正一がいます。こんなことがかつてあったでしょうか……私がまだ知らないだけかもしれませんが、かなり珍しいです。(他にあったら教えてください)

前置き

柴嵜は実に逮捕から30年以上。その間出版された様々な書籍や雑誌……特に”この手の本”では「バイクのローン返済のために銀行強盗を計画した」という事実とは丸っきり違う動機を書かれることが多かったのです。

いずれ詳しく検証したnoteを書きたいですが、それがどれだけ事実無根かと言いますと
・バイクを60数万円で買ったこと自体は事実。しかし…
・当時の新聞、週刊誌、いずれにもローンがあったとは書かれていない。むしろ、朝日新聞は存在をはっきり否定する記事を掲載している。
・警察関係者に取材し書かれた書籍、捜査に携わった当時捜査一課管理官による書籍でも、存在するとは一切書かれていない。
・初公判の傍聴記によれば検察側が動機として挙げていない。あるとすれば真っ先に指摘するはず。
・1991年、1998年の判決文どちらにも動機として挙げられていないし、存在を指摘する記述も一切存在しない。

と、まともに資料を当たればそもそも間違えようもないはずなのですが……

実際は柴嵜には少なくとも数十万単位の貯金があり、大金を得た場合の使途について追及されても曖昧な回答に終始していたようなので、ローンの返済に困って銀行強盗を思いついたとはむしろ真逆の事件なのです。

この手の本で凶悪事件や死刑囚に興味を抱き始めたという人も多いと思います。間違ったことが書かれ続けたせいで事件と柴嵜に興味を持つ機会を失った人がいたとすれば、非常に残念でなりません。

しかし最近はwikipediaの当該記事がとても充実しており、出典も細かく記されていることで情報・資料へのアクセスは格段に良くなりました。
そして2022年になって出版される『日本の確定死刑囚』。これはついにまともな事が載っているのではないか……(しかも表紙にもいる)と期待で胸が膨らみます。
普段はこういう死刑囚をまとめて紹介するような本は、前述の通り不正確なことが殆どなため言及されていてもわざわざ収集しないのですが……あまりにも気になって購入に至りました。

感想

確定囚全員(共犯の場合は同じページ内)にそれぞれ2ページ分ずつの簡単な解説・紹介があります。確定順に並んでいて、見開きの右側のページに裁判の判決が下された年月日がまとめられていたり、右端に西暦何年生まれか書かれているのがパラパラめくって確認しやすいので便利でした。
顔写真は残念ながら無い人が一部いました。気になる人は一度書店で手に取って確認することをおすすめします。
柴嵜は表紙と同じ写真が載ってました。

正確に言うとあれは写真じゃなくて当時のニュースのキャプチャー画像なので画質が悪いんですよね。表紙ならよかったですが、個別のページだと大きく載っているせいで画質の荒さが流石に気になりました。
もっと解像度が高くて顔がしっかり見える写真が他にもあるのに……
例えばこれとか

週刊朝日1989年6月23日号

まぁお金を払えばなんでも使えるって訳ではないのかもしれませんが。

中村橋派出所警官殺害事件については間違いが多すぎる気がしますね。この事件はとりあえずこれを読めばOKという書籍が無い状態なので多少は仕方がないとは思いますが……
住んでいたアパートの場所を練馬と間違い(正しくは中野)、犯行時の柴嵜の行動が事実と異なり(派出所裏に3時間潜んだとあるが実際にそこに潜んだのは襲撃する直前)、特に逮捕の決め手となった軍手や指紋のくだりは間違いだらけで文章もおかしいです。文章がおかしいところは他にも散見されるので校閲、内容のチェックが不十分だと感じざるを得ません。

「死刑をめぐる基礎知識①〜③」という章も読み物としては面白かったですが、これをそのまま鵜呑みにするのは危険だと感じました。
もしこの本をきっかけに死刑囚や死刑問題に興味を持った人は是非自分で詳しく調べた方が良いです。この本だけをソースにして何か書いたり喋ったりするのは止したほうがいいです。

ですが、柴嵜正一については短いですがしっかりと纏められていて安心しました。ミスや間違いも見当たりません。
特に裁判での本人の言葉が載っているのが良かったです。
とても重要な証言にも関わらず毎日新聞くらいしか報道していないので、こうして2022年に出版される本で載っているのは嬉しいですね。この本を機に興味を抱く人や、動機の誤解が解けた人が出てくることを期待してしまいます。

もし『日本の確定死刑囚』のレビューを探してここにたどり着いたり、まだ柴嵜についてよく知らないけど興味あるという方は是非wikipediaをまず読んでみてください。
そんなの信用できないよ!と抵抗を覚える人もいるかと思いますが、とりあえずこれを書いている2022年7月28日現在は一審の判決文をベースに100件もの当時の新聞記事や警察関係者の書籍を元に書かれていて、この世に出回っている何よりも詳しい状態なんですよね……柴嵜の裁判での証言もより詳しく載ってますし。
いつか事件と柴嵜をテーマにちゃんと本とか一冊出てほしいですね。
あと最後におすすめ書籍の紹介記事を載せているのでそちらもどうぞ。

載っていない事実・柴嵜のその後~現在

再審請求中としか書かれていませんが、実はその後は明らかになっています。少なくとも2014年には重度の統合失調症により意思疎通が不可能な状態に陥っていることが日弁連により公表されています。
詳しくは以前書いたこれを読んでください。もちろん無料で全て読めます。

2022年現在のことはハッキリとはわかりませんが、個人的に2014年から好転している可能性は低いと思っています。
『日本の確定死刑囚』でも触れられていますが、一度死刑が確定すると外部との交流は著しく制限されます。それに加えて目の前の医師とさえ疎通が全く不可能だという柴嵜は、間違いを訂正したり、何かを訴えるという事は特に非常に厳しく難しい状態にある訳です。

実際に柴嵜がそういうことをしたいのかは全くわかりませんが、事実無根なことを30年以上にも渡って書籍、雑誌、インターネットを通じてこの世にバラまかれてきたことは普通に考えて決して良いことではありません。政府が処刑することを決めている人間の動機や背景を、国民が誤解していたり無関心であるというのは死刑制度に賛成反対以前に非常に不健全な状況だと思います。
今後出版される書籍や雑誌も、間違いがなくなっていってほしいですね。
いつか柴嵜本人も手記を出してほしいです。

参考文献

・ここで紹介しているもの

・一審の判決文
・『捜査研究』2010年5月2日号(逮捕の決め手となった柴嵜の指紋の事が当時の鑑識の方の連載で載っていました)

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