芭蕉 おくのほそ道、他 曾良旅日記・奥細道菅菰抄 岩波文庫
初めに「奥細道菅菰抄」すがごもしょう、の作者は高橋梨一(蓑笠庵みのかさあん)読みが難しいので記しておく。この高橋氏は江戸中期の芭蕉研究者、厳密な注釈をしたことでこの書は有名である。
以前から江戸時代は日本のルネッサンスだと唱えてきたが、芭蕉の存在も高橋氏の存在とその研究もそのよい証左であろうと思われ、全く頭が下がる思いがする。随伴者・曾良の日記には「俳諧書留」も含まれている。「おくのほそ道」を読み、研究するのにはこの1冊で足りる。すぐれた編集である。
芭蕉その人の「おくのほそ道」は意外なほど短く、思った以上に省略がある。秋田・山形からの途上、芭蕉自身が健康を害し「病おこりて事をしるさず」の状態であった。この記述のあとに「佐渡によこたふ天河」がしるされている。後人は芭蕉の回復を大いに喜ぶべきであろう。
何故、わたしが「おくのほそ道」を読もうと思ったか?それは芭蕉の豊富な文学知識に非常に興味があったからである。それはこの1句「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」であるが、この1冊を校正した萩原恭男氏は国文学者と言うことだが、この芭蕉の句への解説は短く、私には足りないものだった。
芭蕉が「早苗とる」を作句したのは白河の関を過ぎ、正に「おくのほそ道」に入った福島市に入ったあたりであった。であるからこそ「東下り」の在原業平の影を感ずるのである。識者は「葛のほそみち」をよく引き合いに出すが、やはり「伊勢物語」の初冠の「その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける」そして女の返し「春日野の若紫のすり衣 しのぶの乱れ限り知られず」の名歌への非常に印象的な物語を思い置かずにいられない。
春の田植えの女の手にとられた早苗、その時、その手もとを見て、芭蕉の心に業平のように春の温かい火が灯ったのではなかろうか?と思うのだが・・575の文字を超えた芭蕉の心の吐露と豊富な古典文学への知識、それが芭蕉の存在を大いに高めるその理由ではなかろう?
この辺の、私の拘りを解決してくれる書物を探そうと思っている。
これこそが読書の楽しみであろう。
読後評に戻るが、この1冊には「奥細道菅菰抄」すがごもしょう、が付属している。読者は、逐一この江戸時代に書かれた注釈を読むことをお勧めする。実に優れた解説書であり、江戸時代のルネサンスの底力をまざまざと感じるであろうと思う。
もっともっと芭蕉近辺を研究したくなる永遠の日本人の必読書に間違いはない。