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偶然の出会い(今村夏子『こちらあみ子』)

『文芸賞と小説を選ぶことの自己分析』という記事の後に、文中には書かなかった三島賞と山本賞の棚卸しをテコテコやっています。面倒だけど、いかに僕が読んでいなかったかわかる、なかなか楽しい作業です。

この中に2011年三島賞受賞作の今村夏子『こちらあみ子』がありました。この本とはちょっと珍しい出会い方をしたのを思い出します。

2016年の夏、上野の東京都美術館で開館90周年の企画展が開かれていました。
「木々との対話 再生をめぐる5つの風景」と銘打ったその企画展には、5人の作家による木を使ったインスタレーションや彫刻、ドローイングなどが展示されていました。
(今まで触れていませんが、僕の読書以外の趣味がアート鑑賞なのです)

その中でもひときわ僕の気を引いたのが、白木を材料にした動物の彫刻でした。
作品全部の写真を撮っていませんが、お気に入りなのは次の作品です。

手のひらに乗せられるくらいの、寝ている子犬が可愛らしいと思います。
他の作品には1メートル程度の獅子や麒麟やユニコーンなど想像上の動物もありました。
すべて白い木で作られていて、生きているようでもあり死んでいるようでもあり、不思議な質感をしていました。

充分に鑑賞してふわふわした足取りで神保町まで歩きます。
上野から秋葉原まで中央通りを道一本、ちょうど銀座線の上を歩く感じです。万世橋をわたります。須田町で靖国通りを右に折れて九段下方向に歩きます。小川町を過ぎたあたりからウィンタースポーツのお店が増えてきました。しかし、季節はサマー。ちょうどお盆の時期でしたから、汗だくだくになった覚えがあります。

駿河台下の三省堂書店に着きました。いつものように上の階から順に巡ることにします。
最後の二階の文芸書売場の文庫棚に平積みされている一冊の本の表紙が目に飛び込んできました。

「あっ!!」

さっき見ていた展覧会に同じ彫刻がありました。土屋仁応の「麒麟」という作品です。ユングの言うところの<シンクロニシティ>というやつでしょうか?
買わないとばちが当たるというもんでしょう。もちろん買いました。

長いこと読書し続けていますが、こんな出会い方もあるんだなと思いました。

これを見て気づいた人もいるかもしれません。
この彫刻の作家・土屋仁応の作品は、小川洋子の『人質の朗読会』の表紙にも使われています。

今回は少しだけ『こちらあみ子』の中に触れます。

今村夏子『こちらあみ子』には表題作「こちらあみ子」、「ピクニック」、「チズさん」の3作品が収められています。

「ピクニック」はどうやら映画『花束みたいな恋をした』に出てくるらしいのですが、この映画に興味がないので置いときます。
「こちらあみ子」だけ読み返します。

読み返して、頭に浮かんだのは、阿倍共実の漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』でした。

幼い無垢さが自分と周囲を追い詰めていく、胸が痛くなるお話です。そして、そのことを本人は分かっていない。

『こちらあみ子』も同じような構造のもっと痛い小説です。詳細はぜひ読んでもらいたいと思います。



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