東京の(情けない)一夜
大学一年の秋から年末にかけて、友人に誘われビル清掃のアルバイトをした。有楽町の駅前にその年できたばかりの真新しいオフィスビル。北館(20階)と南館(18階)に分かれた、いわゆるツインタワーのはしりだったのだろうか。有楽町電気ビルヂングという名のそのビルは、今も数多くの企業を抱えて建っている。
清掃といっても、窓ふきのような危険を伴うものではない。確か17時以降だったと思うが、入居している企業の事務所に入り掃除機をかけ、デスク脇のゴミ箱の中身を回収して回るというもの。何人かでチームを組み、手際よく進めていく。多くは年配の人たちだった。学生にはみなやさしい。
「24時間戦えますか」より10年も前だが、定時を過ぎてもほとんどのテナントは誰かしらが残業をしていた。「コンコン」とノックをし「失礼します。清掃に伺いました」とか言って中に入る。ロータス1-2-3の初版が1980年代に入ってからというから、その時社員のデスクに置かれていたのはどんな機種だったのだろう。もの珍しさにチラ見をしながら足元のゴミ箱の中身を、転がしているダストカーに移していく。とりたてて失礼な振る舞いをされた記憶もないが(今のサラリーマンの方がよほど無礼な人間が多く感じるのは気のせいか)、20歳の若造なので、にこやかに振る舞いながら心の中で「エリートサラリーマンだか何だか知らないが、あんたたちみたいにゃならないよ」と勝手に呟きながら内心は鵜の目鷹の目。絨毯張りのトップの個室に入るときなど、ちょっとした侵入者気分なのだ。
年末、御用納めの日、狭い更衣室でささやかなつまみと酒類が振る舞われた。「学生なのにえらいね」などとおだてられ、慣れない日本酒をかなり飲んだその帰りに「事件」は起きた。皆と別れ、いい気分で駅に向かう前に用を足しておこうと地下のトイレに寄った。立ち上がろうとしたその時、突然ものすごい揺れが襲ってきた。目の前の世界(といっても狭い個室)が回り出し、いきなりこみ上げるものを「吹いた」。助けを求めるように傍らのその白く丸みを帯びた体に抱きつき、さらにこみ上げるものを受け止めてもらった。新しいビルでよかった。古い雑居ビルのトイレだったら、そんなことを考えながら、果てた。
気がついたら、なにやら畳の上で横になっているではないか。どこからか「おう目が覚めたか」という声が聞こえる。どうやら深夜の巡回にきた警備員さんに発見され、担ぎ込まれたらしい。どうもビルが出来て初めての「遭難者」だったようだ。
翌日、親に菓子折りを持たされ、お詫びと感謝をしに再度事務所に赴き、1979年は幕を閉じた。70年代を締めくくる最後の教訓が「日本酒はおそろしい」とは。
標題から甲斐バンド「東京の一夜」を想起した方がいたら、こんな話でほんとうにごめんなさい。画像は「つかはらゆき」さんの作品をお借りしました。