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常盤平団地・1962年夏

学生時代の友人たちと松戸市立博物館へ。平日なので館内はガラガラ、何者か想像しかねる風体の還暦をすぎた4人の男と女が、今さらながらの社会科学習。人類の登場から現代までを、松戸周辺や下総国の遺跡や史料をジオラマや出土品などでたどる。目玉は地元・常盤平団地の1962年を再現した展示。1993年の開館当時はそのデティールの細かさで話題になった。

外観もしっかりと再現されている。

常盤平団地は1960年に入居が始まった初期の代表的な団地。「田園に生まれた衛星住宅都市」と宣伝された。60年前の憧れの団地生活とは、どんなものだったのか。

玄関から入る。

実寸大の階段を上がり、鉄扉を開けて中へ。「コンコン」「誰?」「俺だ」「待って、今あけるわ」「誰にも会わなかったわよね」のような団地妻シリーズ(観たことがないのでかなり適当)が始まるのは1970年に入ってから。

ダイニングとキッチン。狭い。

「ねえ、お向かいの〇〇さん、こんど昇進祝いの金一封で軽井沢に行くんですって」「ふーん」「ねえ聞いてるの」といった会話を勝手に妄想する。そういえばジューサーミキサーはわが家にもありました。手入れが面倒で結局使わなくなるのだが。花柄の炊飯器が流行るのはもう少しあとの事。

グレン・ミラー。

「憧れの2DK」も今見ると狭いことこの上ない。ベビーベッドに子供を寝かしつけ、スイカを食べながら話されていたのは、キッチンの話の続きかボーナスをどうするかという話でしょうか。夫は「今日買ったグレン・ミラー早く聴きたいんだけどな」と思っています。ステレオは奮発して「月賦」で買ったのでしょう。テレビは1962年に5割近い普及率になっている。東郷青児と思しき絵は、おそらく妻の趣味ですね。

木の浴槽。我が家も初めはそうだったはずだが記憶にない。

団地住まいの経験はないものの、展示されている道具のいちいちが「そうそう」にあふれていて、還暦すぎの初老集団には懐かしさでいっぱい。2年後には東京オリンピックが開かれる。ヒット曲は「いつでも夢を」「可愛いベイビー」そんな時代。

常盤平団地は、高齢化や孤独死の問題もいち早く顕在化。高齢化から来る建て替えの反対運動もあり、今は建物を存続させることを前提に様々な再活性化が図られている。リアルな初期の公団住宅の姿を残しているので、街を歩くことで新しい発見も多々あると思う。

松戸市立博物館は「21世紀の森と広場」という広大な都市公園に隣接しているので、時間があれば水辺や散策や森林浴にもおすすめ。復元された縄文遺跡や、軽食のとれるカフェもある。


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